人喰い白狐

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 白狐に付いて行き、古い寺に辿り着いた瑞雲は目を向いた。  まさに桃源郷と言うに相応しく辺りには花が咲き乱れ、子供達が生き生きと暮らしていた。 「あ!雪華(せっか)様!」 「お帰りなさい!」 「ご飯出来てますよ!」  戻って来た白狐の姿に子供達は駆け寄り、母を慕うように柔い毛を抱きしめる。  白狐も子供等を愛でるように頬を舐め、その無事を確かめた。 『皆、変わりないな?新しい妹だ。手当と着物を頼む。それから客人にも夕餉と布団を頼む』 「「「はーい!」」」  元気な返事で子供達は答え、わらわらと瑞雲の下へ。  怯える幼子と彼の手を引いて子供達は喜々とお堂の中へと入って行った。  囲炉裏を囲んで夕餉を馳走になりながら、瑞雲は呆気に取られた。  この寺にいたのは麓の村から連れ去られた娘達だった。  皆、遊郭に売られる前に白狐に助け出され、ここで一人で生きて行けるようになるまで身を寄せているという。  しかも、子供達は白狐より読み書きを習い、炊事も畑仕事もお手の物である。 「雪華様の意向でここに居られるのは十五まで。山を去る時は必ず日の出と同時に東に下りるの。西は女攫いが沢山いるし、村の連中に遭う危険もあるから降りてはいけないの」  汁物を椀によそいながら最年長の娘は刺々しい口調でこの寺での決まりを聞かせてくれた。  確かに山の西側は遊郭のある方向で女の足では朝に下り始めないと日が暮れてしまうだろう。 「リン姉は次の満月でお別れなの」 「山下りが怖いんだってさ!」  幼い娘達は誂うように瑞雲に耳打ちし、その声に年長の娘はキッと妹達を睨んだ。 『皆、よく食べているか?』  そんな声と共に白狐、雪華が勝手口から現れ、子供達を愛でるように沢山の尾でその背や頭を撫でていく。 『今夜はどうにも外が騒がしい。結界の様子を見てくるから皆は先に寝ていなさい』  そう告げた雪華は新入りとなった幼子に鼻を寄せ、頬に付いていた米を舐め取った。  そして、その隣りにいた瑞雲を見据えたかと思うと何とも艶かしい視線を送った。 『そちも今宵は良く休むと良い。何分、この寺には男手が必要でな…』  何やら含みのある言い方だった。  思わず身の危険を感じた瑞雲が仰け反る中、雪華は入ってきた勝手口から妖艶に尾を揺らして外へと出掛けて行った。
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