闇夜の秘事

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闇夜の秘事

 子供達が寝静まった頃、良く手入れされた仏像に手を合わせ、一晩世話になる感謝を込めて経を読み上げた。  子供達の寝床では布団も間も足りず、苦肉で雪華の物だという上等な布団を貸し出された。  正直、思うところはあったが子供達の厚意を無下には出来ず、火の番ついでに囲炉裏の側で休ませてもらうこととした。 (山を下ったら一旦、役場に行くか…)  目を伏せ、瑞雲は考えに耽った。  子供達は雪華の力で穏やかに暮らしているが、村長の悪事を辞めさせねば根本的な解決にはならない。  ――新たな犠牲者が出る前に手を打たねば。  そんなことを考えながら燻る囲炉裏の熱に微睡んだ。  ―――カタタッ…  不意に勝手口の戸が鳴り、薄目を開けた。  暈けた視界の中、白髪の女の姿があった。  次第に暗闇に慣れて来て、鮮明になったその顔に目を剝いた。 「ゆき…」  飛び上がるように体を起こし、口が自然と呟く。  零れた声は酷く焦がれていた。 「………、慕った女にでも似ておるか?」  その問いで、縋るように伸ばしかけた手を止めた。  天女の如き薄衣の下からは尾が覗き、その頭には獣の耳が立っていた。 「…っ…、女に化けるとは悪趣味な…っ…」  女の正体が雪華であることに気付き、咄嗟に布団の上に戻って平静を装った。  微睡みに頭が呆け、過去の残影を狐の顔に写してしまった。 「生憎、妾は雌だ。女に化けるのは当然であろう?」  誂うような声で擦り寄ってきた長爪の指が頬を撫で、切れ長な目が微笑む。  その笑みは今やもう会うことも叶わぬ人に酷く似ていた。 「…退け。重い」  纏わるように腹の上に乗って来た女狐に冷たく言い放つ。  けれど、雪華は体の線をなぞりながらコロコロと笑うばかり―――。  煩悩を払うように押し退けんとした瞬間、合わさった視線に動けなくなった。 「……妖力かっ…」  縛られたように動かぬ身体に思わず嗤った。  挙げ句、近くで見れば見るほど―――、本当に良く似ている。 「一飯の恩は返してもらうぞ?」  小首を傾げ、雪華はニタリと笑う。  背後で揺れる九つの尾は妖艶で、乱れた薄衣から覗く肌が劣情を擽った。 「これはとんだ化け狐だ…」  そう皮肉に笑った瑞雲だが、気付けば雪華の接吻を受け入れていた。
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