闇夜の秘事

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 静けさに包まれる真夜中、睦み合った布団の中で寝物語のように雪華が語ったのは、この寺に住職が居た頃の遥か遠い思い出だった。  子狐だった雪華は悪どい猟師の罠に掛かり、酷い怪我を負ってこの寺に逃げ込んだ。  血が止まらず命尽きかけた時、住職であった凰然(こうねん)和尚が傷を手当し、お陰で命拾いした雪華は山の恵みを毎日のように届けたという。 「和尚との日々は楽しかった。肥えた雉を獲ってみせた時には、無益な殺生はならんと叱っておきながらしっかり鍋にしおってな。麓の子等もしばしば遊びに来ては一緒に川魚を獲ったものだ…」  懐かしむ顔は幸せそうだった。  しかしその刹那、雪華は瞳に暗い影を宿した。 「妾が妖力を身に着け始めた頃だった。その年は酷い飢饉でな。この寺も飢えた賊に襲われ、駆け付けた時には既に和尚は虫の息だった。唯、看取ることしか出来なくてな…。憎しみのまま麓に降りていた奴等を噛み殺し、遣り場のない怒りを晴らさんと何年も山に近付く悪人共を地獄に送り続けた。気付けば尾が増え、身は白くなり…、そうして数百年の今だ」  そう身の上を語り終えるや、雪華は髭の伸びた頬に指を滑らせた。 「そちは凰然和尚によく似ておる。じゃが、この体付き…、元は武士であろう?」  探るような視線と肌を撫で回す尾に、こそばゆさも相俟って声を出して笑った。 「ご明察…。祝言を前に許嫁が辻斬りに遭ってな…、守れなかった己の不甲斐無さと悲しみに耐え切れず出家した。お主によく似た顔立ちで、気立ての良い娘だった」  瑞雲にしてみれば身の上を語るならそれで十分だった。  古くから続く武家の嫡男として勤めを果たさんとしたが、幼き頃より慕い合った健気な許嫁を無惨に失った悲しみは武士としての気丈さを容易く圧し折った。  故に仏門に入り、俗世から離れることを選んだ。 「成程。お互い会うことの叶わぬ想い人がおる訳だ…」  似た者同士だと言わんばかりに呟き、雪華は体を起こすや瑞雲の顔を覗き込んだ。 「そち、名は何と?」 「瑞雲。かつては祥之助(しょうのすけ)と言った」 「瑞雲か…、縁起の良い名だ。気に入った」  そう雪華は笑って、再びの接吻を交わした。
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