惜別

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惜別

 翌日、お堂の裏の畑で薪割りに勤しむ瑞雲の姿があった。  この寺では男手は貴重で、滞在中はこうして力仕事を手伝うのが決まりらしい。 「瑞雲様、ずっとここに居てよ〜」 「もっと遊ぼ!」  昼餉の時間、出来立ての餅を食べながら子供達は無邪気に瑞雲に寄って集った。  これまでこの寺に迷い込んだ男は少なからず居たそうだが、浮浪者や破落戸ばかりで子供達を慈しんだ者は居なかったらしい。  雪華も子供達を邪険にする男の長居は許さず、皆、翌朝には山の北側にある険しい谷に放り出されたらしい。 「すまんが修行の身なのだ。悟りを得るにはまだまだ時間が掛かる」  それとなく長居は出来ぬと伝えるも、子供達は剝れるばかり。  朝餉の時間に今日中には山を下りると伝えた所為か皆、寂しがっていた。 「お主なら長く居てくれても構わぬぞ?」  そんな声に振り返り、思わず目のやり場に困った。  しっかり着物は着付けているが、女の姿で現れた雪華に昨晩の睦み合いが頭を過った。  全く僧侶が情けない。山を下りたら修行のやり直しである。 「雪華様が男を気に入るなんて…」 「槍でも降るんじゃ…」  年長の娘達は衝撃を受けたように目を剥いた。 「こやつは中々の益荒男じゃ。皆も伴侶を得るなら瑞雲のような男を選ぶと良いぞ?」 「「「はーい!」」」 「これこれ、まずは己の目で世の中を知りなさい。経験を積み、多くの人や物を見てだな…」  誂う雪華と元気に答える子供達に、瑞雲は呆れたように苦笑い。  穏やかな昼下がりの心地良さに、溜息に合わせて陽だまりの空気を胸一杯に吸った。  ―――バチン!  突如、鳴り響いた弾ける音に子供達は一斉に悲鳴を上げた。  同時に西の方角に目を向けた雪華は、毛を逆立て戦慄した。 「…結界が破られた」  その呟きが意味することに子供達は怯え、途端に場の空気も一転した。  寺を彩った花々が見る見る枯れ落ちる。 「子供達は急ぎ旅の支度を!瑞雲、子供等と共に東の谷を降り、川を下れ。その先の村なら受け入れてくれる!」  急ぎ、寺を出るよう伝えた雪華はその姿を白狐へと戻し、軒先から外へと飛び出す。 「お主はっ⁉」  何処に行くと瑞雲は叫んだ。  雪華は振り返り、悲しげに目を細めた。 『結界を解いたのは西の村人だ。妾が時間を稼ぐ。皆、息災でな…』  そう告げ、皆に逃げろと伝えた雪華は西へと走り出した。 「雪華!」  名を呼ぶも、駆け出した姿が振り返ることはなかった。
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