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業と徳
暗闇の山道を登って寺へと駆け戻った時、お堂は炎に包まれていた。
その前には呪符を巻いた槍を持つ村人に囲まれ、ぐったりと横たわる白狐の姿があった。
「雪華!」
名を叫び、村人を蹴散らしてその身を抱き上げる。
酷く嬲られ、口からは血が零れた。
「お坊様すら誑かすとは何と恐ろしい!」
その声に弾かれるように顔を上げた。
子供達を売り飛ばし、私腹を肥やしていた村長が居た。
「お坊様、騙されてはなりません!」
「この妖狐が村を枯らしたんだ!」
怒号を上げる村人達の狂気にぞっとした。
恨むべきは同胞面した村長であり、雪華は子供達を救っていたのに――。
欲とは、貧しさとは、これほどに人の目を晦ませ、餓鬼のように醜くするのか―――。
「お坊様、その狐をお渡しください。その皮を剥ぎ、二度と悪さを出来なくさせねば」
そう告げる村長の目は欲望に満ち、雪華の毛皮を欲していた。
「…毛皮を売ったその金で、また私腹を肥やす気か」
唸るように発した言葉に、村長はピクリと眉を震わす。
村人達は何のことだと黙った。
「狐の仕業と騙し込み、次々に村の女子を売るだけに飽き足らず、土地神として山を護り、子供等を慈しんだ気高き御霊を嬲るとは鬼畜の所業…!村が廃れ、飢えに苦しむのは当然の報いだ!」
怒りのままに言い放つ瑞雲に、悪事をバラされたと村長は青褪め、村人達はどういう事だと一斉に視線を向ける。
向けられ始める疑心に村長は声を荒げた。
「こ、この坊主は狐に取り憑かれておる!殺せっ!殺せー!」
喚き散らし、悪事を隠し通さんと手にした杖を振り上げる。
瑞雲は隙かさず錫杖を構え、迎え撃たんとした。
瞬間、闇夜の空が黄金に照らされ、その眩さに村人達は平伏すように身を屈めた。
同時に吹き抜けた強烈な寒風が炎を吹き飛ばし、煤を払うように見る見るお堂が荘厳な姿を取り戻した。
「な、何が…!」
「熱い熱い!」
直っていくお堂を前に、天上の光にジリジリと肌を焼かれる村人達は恐れ慄く。
村長に至ってはその肥えた肉を削がれるように全身に火が点き、一際の悲鳴を上げた。
「全く業を背負い過ぎです。浄土の光で身が焼けるのはその証…」
穏やかな声に振り返った瑞雲は、その光景に呆気に取られた。
無精髭を撫でる何とも朗らかな菩薩の姿があった。
「瑞雲殿、儂の子狐が世話を掛けたね。雪華、迎えに来ましたよ?」
衣を揺らして歩み寄った菩薩はヨシヨシと傷付いた雪華の頭を撫でる。
懐かしい温もりに薄目を開けた雪華は、微笑むようにその手を舐めた。
『和尚…生臭坊主が…っ…菩薩に化けるとは…』
「化けるとは聞こえの悪い。ちゃんと徳は積みましたよ?」
皮肉る雪華を窘め、菩薩は瑞雲の腕より今際の身を抱き上げる。
そして、その身を優しく撫で、血の滲んだ毛並みを元の白銀へと戻した。
「雪華…」
その名を呼び、瑞雲は涙を零した。
これが今生の別れだと悟った。
哀しむ彼に菩薩は微笑むと、幼子をあやすようにその頭を撫でてやった。
「瑞雲殿、この寺と子供達をお願いしますね」
そう頼まれた直後だった。
穏やかなれど強い光に辺りが包まれる。
眩い光の中、菩薩は瑞雲へと会釈をして、雪華を抱きながら浄土へと踵を返した。
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