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懸命に名を呼ぶ声に薄目を開け、こちらを覗き込む泣き顔に目を丸くした。
川を下った筈の子供達がおり、横たわっていた身体を起こして更に驚いた。
村人に焼かれた筈のお堂の中で、来た時と同じく建物は綺麗な状態だった。
しかしながら、外に出てみれば長らく放置されたかのように辺りには草木が蔓延り、豊かな野となっていた。
「これは一体…」
「雪華様のお力でしょう」
その声に目を向ければ、壮年の僧が佇んでいた。
「東の麓より参りました凰月院住職、凰安と申します。子供達より知らせを受け、駆け着けさせていただきました」
そう名乗った住職、凰安は頭を下げた。
彼が言うには麓のその寺は雪華が愛した凰然和尚の弟子が建立した場所で、代々そこの住職は雪華の事を伝え聞いていたらしい。
また、子供達より村長の悪事を聞いた凰安は直ちに役人に知らせてくれたそうで、既に村長とそれに加担した悪人共は御用となったそうだ。
「そうですか。凰然和尚は菩薩様となって雪華様を…」
一連の出来事を聞き、凰安は物思いに呟いた。
役人等と共に駆け着けた時、村長や雪華を傷付けた村人は酷い火傷を負って、お堂の外に転がっていたらしい。
彼等は最後まで狐の祟りだと喚いていたそうだ。
「まるで全てが夢であったようです…」
子供達がせっせと草むしりする中、手に残る雪華の温もりを見つめ、瑞雲は溜息を零した。
雪華と過ごしたのは刹那であったが、あまりにも心地良く温かな時だった。
「瑞雲殿、もし差し支えなければ、この寺の住職になりませんか?」
そんな頼みに目を丸くした。
見れば子供達が期待の目を向けている。
「こうして子供達も望んでおります。凰然様に頼まれたのなら尚更に…」
言葉を選びながらも、凰安も期待の目を向ける。
察するに凰然和尚縁の寺とは言え、子供達の世話に加えて麓から見廻りに来るのは骨が折れるのだろう。
そんな人間らしい事情に思わず苦笑した。
「菩薩様の頼みです。私のような生臭で良ければ…。皆も一緒に暮らすかい?」
そんな問いに子供達は喜びで目を輝かせ、元気な返事で答えた。
それから暫く後、その寺は雪華寺と名を改め、豊穣と子供守りの寺として土地の人々に大層愛される場所となった。
そして今も尚、九尾の白狐と朗らかな菩薩に見守られるその寺には、四季の花が咲き誇り、和尚と子供達の笑い声が響いている。
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