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人喰い白狐
その山にある古い寺には恐ろしい白狐がおり、この数年、何人もの幼い娘が喰われているという―――。
麓の村からそんな人喰い妖狐の退治を依頼されたのは、修行の旅より都の寺へと戻る途中だった僧侶、瑞雲であった。
「…この辺りか」
降り続く雪に足を取られながら、かつて参道だった小道をひた歩く。
纏わり付くように笠には粉雪が乗り、次第に頭が重くなった。
あまりの寒さに手足が痛み、何処か休める所はないかと辺りを見回す。
少し先に大層大きな杉が見え、その根本に丁度良い虚があった。
急ぎ足でそこへと身を滑り込ませ、休憩がてら村で貰った握り飯を懐から取り出した。
妖狐退治の依頼を受けた村は、近頃の干魃で作物が育たず村人は皆、酷く痩せていた。
それにも拘らず村長だけは肥え太り、一体何処にそんな食えるだけの金があるのかと思ったのだが――、村を立つ直前、年若い女の姿が無いことに気付いて嫌な察しが付いた。
(山を下りたら役人に伝えよう…。売られた娘達は無事だと良いが…)
握り飯を喰みながら、村長の業に眉を顰めた。
村人達は干魃も女攫いも狐の仕業と嘆いていたが、女攫いに関しては村長の仕業だろう。
銭を渡され、強引に退治を頼まれてしまった故こうして出向いているが、罪を擦り付けられた狐は哀れなものである。
―――…タッタッタ
辺りに小さな駆け足の音が響き出す。
外を覗いてみれば、息を乱して女の幼子が泣きながら向かってきていた。
瑞雲は思わず虚から飛び出し、幼子に駆け寄った。
こんな雪の日だと言うのに襦袢一つで何も履いていない。
「お主どうした⁉こんな薄着では…!」
唯ならぬ様子に慌てて首に巻いていた手拭いを被せ、何か着せてやれるものはないかと身を探る。
「待てぇ!」
間もなく怒鳴り声がした。
咄嗟に幼子を懐に寄せ、鬼のような形相で駆け着けた男達に止まれと錫杖を翳した。
「坊さん、そのガキ寄越してくれ。大事な商品なんだよ」
平静を装いながらも頭と思われる男は、早くしろとばかりに睨みつける。
「ならぬ!人の子を物のように扱うとは何事か!」
ぎゅっと幼子を抱き締め、瑞雲も睨みを利かせた。
男達が女衒なのは見るからに分かった。
山を降りて暫く先には遊郭が在り、そこに連れ去られる中で逃げてきたのだろう。
「ごちゃごちゃうるせぇな!こっちは急いでんだよ!」
短気な細身の男が殴り掛かる。
瑞雲は隙かさず錫杖を振り上げ、男を薙ぎ払った。
「ちっ、やるか?」
業を煮やしたように頭は懐から小刀を取り出す。
その時だった。
びゅうと一際の風が吹き、辺りが真っ白に覆われる。
途端に男達は顔を引き攣らせた。
「くそっ!やっぱ出て来ちまった!逃げるぞ!」
そう叫ぶや男達が途端に踵を返して逃げ戻る。
その様に何事かと顔を顰めた直後、背後からぞわりと凍るような寒気が走った。
弾かれるように錫杖を鳴らし、幼子を守らんとより強く抱き締める。
瞬間、弾けるように吹雪が止まった。
時が留まったかのように粉雪が浮遊する中、静々と大きな白狐が歩み寄った。
「お主が村の子を食ったという狐か?」
唯ならぬ妖気に緊張が走った。
過去、狐狸妖怪の類には遭遇した事があったが、これ程強い妖力を撒き散らす物怪は初めてだった。
恐らくは人の齢を超えている。
それを示すように白狐の背後には艷やかな九つの尾が揺れていた。
『食ったとは聞こえが悪い。妾は地獄を味わう前に救ってやったまでじゃ』
人の言葉を発するとは更に驚いた。
これは化生よりも土地神に近い―――。
山の緑の豊かさを思うに下手にこの狐を退治すれば山が枯れてしまうやも知れない。
故に悪戯に滅することは憚られた。
「言葉を解するなら、どうかお頼み申す。麓の村の子等を喰らうのは止してもらえぬか?」
そっと錫杖を地に立て、敵意はないと示す。
話が分かるならここは示談で済ませ、胸に抱く幼子を温かい人里へと帰してやりたかった。
『…少し歩いた所に妾の塒がある。付いて来い。その子の手当をせねば…』
そう白狐は言うや、くるりと背を向けた。
同時に妖気が和らぎ、天から日差しが差した。
―――これは付いて行くしかない。
生唾を飲み、瑞雲は寒さに震える幼子を抱き上げて狐の後に続いた。
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