57人が本棚に入れています
本棚に追加
/150ページ
もし、結婚する前に出会えていたら。
素直に彼を責めれたのだろうか。
わたしには何もわからない。
盛岡くんに背を向けて寝転び、気付かれないように一粒だけ涙を流した。
*
二人で小さな食卓を囲み、盛岡くんが焼いてくれたパンを食べ、淹れてくれたコーヒーを飲んだ。
自分が家出した人妻だということを忘れてしまいそうなくらい、とても穏やかな空間だった。
「今日、どこか出かけようよ」
パンをかじりながら、何気なく盛岡くんが言った。
「え」
「ほら、俺せっかく今日休みだし。どっか遊びに行こうよ」
もう。なんなの、この人は。
「でもわたし、化粧道具とかなにも持ってきてない」
「いいじゃん、そのままで十分綺麗だよ」
「もう、やめてよ。買いに行くから」
「えぇー。ま、じゃあそれも込みで、デートしよっか!」
夜中に呼び出し泣きついてきたおかしな女に、どうしてそんなふうに振る舞えるのだろう。
どうして彼は、何も聞いてこないのだろう。
「……うん」
その無邪気さが嬉しくもあり、どこか不安でもあった。
盛岡くんにオーバーサイズのパーカーとダウンを貸してもらった。
鏡に映った彼の服を着たわたしは、別人みたいだった。
決して女の子っぽさはないけれど、それが良い。
「わたし、本当はこういうスポーティな格好が好きなんだよね」
「え、そうなの?俺も、女の子のそういう格好超好き。あ、そうだ。今日そっち系の服いっぱい買いに行こうよ」
楽しそうにいたずらっぽく微笑まれ、わたしはすぐに頷くしかなかった。
最初のコメントを投稿しよう!