110人が本棚に入れています
本棚に追加
無言でいるわたしに、渉は大きなため息をついた。
「……っんだよ、それ」
「……ごめんなさい」
「俺の時間返せよマジで」
足元の土を軽く蹴った彼の横顔は、もう怒りを隠せていなかった。
わたしが悪いんだ、全部。
でもそんな風にキレられると、ますます早く別れたくなる。
「人の気持ち弄んで楽しかった?」
「弄んだわけじゃない!」
「じゃあなんで付き合ったんだよ」
「それはっ……」
“いいな”って、思ったから。それは本当なんだよ。
でもそこから先の気持ちになれなかっただけ。
恋とか愛とか、わからないんだよ。
あぁぁーと、渉が自分の頭を掻きむしる。
そして突然吹っ切れたように言った。
「まぁ、もういいや。次付き合う人のことはちゃんと好きになれよ。ってか、ちゃんと好きになってから付き合えよ」
そしてわたしの頭にぽん、と手を置くとそのまま立ち上がり行ってしまった。
「渉!」
彼は振り向かない。
「ごめんねっ……、ありがとうね!」
前を向いたまま、片方の手をひらひらとさせているその姿に、なに格好つけてんだと少し笑ってしまいそうになった。
渉との付き合いはこうして静かに幕を閉じた。
わたしは結局、泣かなかった。
思えば恋愛で泣いたことなんて、ない。
そんな過去を思い出し、自己嫌悪になりつつ
『好きになったから結婚したんだよ!』
と、返信した。
嘘だけど、そうでも言わないとさすがに彼が報われない。
わたし自身の見栄でもある。
最初のコメントを投稿しよう!