1. 夫とわたし

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爽やかな匂いのするワイシャツを着て、夫は玄関へと向かう。 わたしは良き妻として、笑顔でそれを見送る。 「今日は接待ないから、8時には帰って来れると思う」 夫は毎日、帰る時間を教えてくれる。そしてきっちりその時間に帰ってくる。 「わかった。頑張ってね」 「うん。ありがとう」 毎日同じ会話。そして欠かさない、行ってきますのキス。 夫がわたしの後頭部に優しく手を添えて、唇と唇をそっと合わせる。その一瞬の間に、とてつもなく温かい彼の愛を感じる。 わたしは、確実に愛されている。 玄関を出たあと、廊下の角を曲がるまで、手を振って見送る。 そしてその姿が見えなくなったら、一人で部屋に戻る。 「はぁぁぁあ〜」 大きすぎる息を吐き、ソファーの上にどかっと座って両手両足を伸ばす。 この開放感がたまらない。 さぁ、ここからがわたしの自由時間だ。 夫のことは、嫌いじゃない。もはや好きだ。 でもその好きは、昔から漫画とかドラマで見てきた“恋”とか“愛”とは違うような気がしていて。 「その人のためなら死ねると思えるくらいの人と結婚しなさい」とママは言った。 でもそんなの、絶対無理だ。 他人のために死ねるだなんて、馬鹿げている。 そんな風に思えるような相手と出会うことなんて、きっとありえない。 少なくともわたしは、夫のためには死ねない。 ならばどうして結婚したのかと聞かれると「なんとなく」としか答えようがない。 ただある程度の年齢になって、周りもどんどん結婚したり出産していって、わたしもそろそろしたいなーなんて思っていたちょうどそのとき、彼が言い寄ってきたからだ。 とっても優しくて、マメで、全てを包み込んでくれるような安心感のある男の人。 見た目だって悪くない。身長もわたしより25センチ高くてちょうどいい。 良い会社に勤めていて、収入だって安定している。 だから、結婚しない理由がなかった。
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