いらない僕

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身支度を終えた要は玄関のドアに手をかけた。 現在も人格は変わったままで朝はこんな役割が日常化している。 父は要が朝食をとっている間に仕事へ行ってしまい今は母が見送りをしていた。 「じゃあ、行ってくる」 「気を付けてね。 あ、お弁当は今日いらないのよね?」 「あー・・・。 そうだね、でも明日からは毎日作ってくれるかな?」 その言葉に母は一瞬驚いた表情を見せた。 「毎日? もちろんよ! でも急にどうしたの? 毎日お弁当がいいって」 「別に何も。 じゃあ遅れるから行ってきます!」 家を出ると母親との時間は終わり。 そう思った瞬間、心のどこかでカチッという音が聞こえた。 「・・・あれ? さっきまでリビングの前にいたはずなのにどうして外?」 不思議に思い立ち止まって振り返ると母が笑顔で手を振っていた。 気まずくなって視線をゆっくりと戻し足早に大学へと向かう。 ―――またアイツか。 ―――・・・でも母親と接する時はいつも代わってくれるんだよね。 もう一人の自分に嫌気が差す時はあるが感謝している時もあるため複雑だ。 ―――あの人がいつもより上機嫌に見えるのは気のせい? ―――アイツが何か言ったのか? ―――というかアイツ呼ばわりだと紛らわしいかな。 ―――そうだ、俺の裏の人間ということでクロって呼ぼう。 要が二重人格であるということは自分を除けば弟の良しか知らない。 中学生の頃夜中に元母からの手紙を捨てようとしたクロを良が見つけそこで気付いたようだ。 今まで自分自身に不審感を抱いていたが、そこで要ももう一人の自分がいるのだと話され納得した。 ―――良に聞いたけどクロはなよなよした俺とは違って堂々としていて口調も少し荒っぽいんだよね。 ―――おそらくお母さんがいる家の中でしか現れていないと思うけど、ちゃんと俺らしく接しているのか不安だな・・・。 いつの間にか自分を守るためにもう一人の自分を作り上げていた。 二重人格が存在するという話は聞いたことがあったため二人の人格がある自分に抵抗はなかった。 ―――そうだ、今日は水島(ミズシマ)さんがお弁当を作ってくれる日なんだ! ―――今からでも楽しみだなぁ。 気分が上がると自然と足取りも軽くなる。 水島というのは要が気になっている女性だ。 講義が午前中で一緒に終わったり講義が午後まで一緒に続いたりする日はこうしてお弁当を作ってくれ二人で食べていた。 ―――というか、そうだよ! ―――今日の講義は俺も水島さんも午前で終わるんだ!! ―――・・・できれば水島さんを誘ってどこかへ出かけたい。 ―――今日の午後は何も予定がないとか言っていたし。 ―――・・・でも俺に誘えるかな・・・。 彼女を誘う勇気は道中固まらなかった。 なのに大学へ着くなり水島が笑顔で駆け寄ってきた。 どうやら先に来て待っていたらしい。 「要くん、おはよう!」 「あ、み、水島さん! おはよう!!」 水島のことを考えていたからか急に目の前に現れドキッとしてしまった。 そんな要を見て水島は笑う。 「どうしたの? そんなに驚いて。 今日はお弁当を作ってきたからお昼に一緒に食べようね」 「も、もちろんだよ! あとさ、水島さん。 そのー・・・」 「うん?」 「今日の午後って何も予定がないんだよね?」 「そうだね」 「だよね、だから、そのー・・・」 「・・・」 「よかったら俺、俺、俺と、と・・・」 「・・・俺と?」 期待するような目で見つめてくる水島。 キラキラとした目で見つめられ要の心臓は爆発寸前だった。 そのため誘いの文句がどうしても喉から出てこない。 「と、と、あ、俺トイレへ行くんだった! ごめんね、水島さん! ちょっと行ってくる!!」 「・・・えぇ? あぁ、うん、それは一大事だね。 どうぞいってらっしゃい」 悲しい顔をしながらもヒラヒラと手を振って見送ってくれる。 ―――って、違うだろ俺!! ―――どうして一人の女性を誘うこともできないんだよ・・・。 ―――男なんだからちゃんとリードしたいのに。 溜め息をつきながらも本当にお手洗いへと来てしまった。 ―――ここまで来たんだから本当にトイレへ行くか。 男子トイレへ足を踏み入れた瞬間心のどこかでカチッと音がした。
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