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よく見ると黒い煙が天へと向かい立ち昇っている。
―――・・・家には母さんがいる、助けにいかねぇと。
―――隣の要の家に燃え移るとか普通に考えられるもんな。
煙の勢いを見れば延焼も時間の問題だと思えた。
―――良にも伝えたいところだがあんなにデカい図書館内で良を見つける方が難しいか。
時間もないため走って家へ向かった。 向かいの家ならともかく隣の家も自宅も木造で燃えやすい。 延焼の速度は凄まじく悠長にしている時間なんてない。
―――・・・いや、ちょっと待て。
クロは突然立ち止まり冷たくそびえるコンクリートブロック塀に向き合った。 もちろん眠っている要は何が起きているのか知る由もない。
今にも家が燃えそうだというのにクロに身体を任せ暢気に眠っているのかもしれない。
―――・・・俺ばかりにやらせてふざけんなよ。
クロは覚悟を決めると塀へ向かって思い切り脛をぶつけた。 クロも当然痛みは感じる。 そして今は要は痛みを感じていない。
「自分の人生くらい自分で面倒見てみやがれ!!」
そう言い残すとクロは意識を手放した。 これで人格は入れ替わりクロは痛みから解放される。
「・・・痛ッ!!」
目が覚めた要は状況を必死に確認しようとした。 ただ足の痛みが凄まじく集中することができない。
「え、何!? どうして足怪我してんの!?」
かなり出血していてまともに歩けそうにない。 憶えがないためクロが事故でも起こしたのかと思ったが、そのような考えはすぐさま振り払った。
「・・・え、火事?」
周りがざわついていることに気付いたのだ。 そこで自分の家の隣が火事になったと知る。
「・・・行かなきゃ」
自然とそう思えた。 右足を引きずりながら自分の家を目指す。
―――・・・でも行くって?
―――家へ帰って俺はどうするんだ?
―――お母さんを助けるのか?
―――それとも・・・。
このような状況になっても頭に思い浮かぶのは元母からの手紙だった。
―――・・・当然お母さんもだけど手紙も炎が燃え移ったらもう終わりだ。
自分でもどうすればいいのかよく分からない。 母を助けたいのか手紙を助けたいのか決心がつかないまま家を目指していた。
―――・・・でもこの足だと駄目だ。
―――両方を助けになんか行けない。
―――よくて片方だ。
―――家へ着く前にどちらを救出しにいくのか決めないと。
先程のことを思い出した。
―――・・・さっき俺は二択を決められなくてどちらも失ってしまった。
―――またそんな結果になってはいけないことは俺でもよく分かっている。
―――いや、さっき以上に重要な選択になる。
―――でも俺にはその二択を選ぶことなんて・・・。
当然人の命は大事だ。 そして元母からの手紙も生きがいだと言える程に大切なものなのだ。 どちらかを選ばないといけないだなんて要にはやはりできなかった。
―――そう言えばクロは!?
―――どうしてクロが出てこないんだよ!!
―――もう俺は自分を捨てたはずなのに!
そうして考えているうちに家へと着いてしまった。 要の家は思っていた通り炎が燃え移り家の半分が焼けていた。 冷や汗が流れ落ちる。 消防車の音は遠くから聞こえるがまだ到着していない。
―――あ、あの人は・・・?
まず心配したのは母のことだった。 近付くと母が家の前で火事を心配そうに見ていた。 顔や服に黒いススのようなものが付いているが、怪我はないように見えた。
「ッ、お母さん!!」
あんなに母と会話することが怖かったのに今は自然と『お母さん』と呼んでいた。
「要!!」
母も要に気付き、そしてまず目が留まったのは足の怪我。
「要、その怪我はどうしたの!?」
「え、分からない、気付いたら怪我をして・・・。 って、俺のことはいいから! それよりお母さんは!?」
「私はすぐに気付いたから大丈夫よ。 窓を開けていたから焦げた臭いですぐに分かったの」
「そっか・・・」
『よかった』と口に出して言いたかったが、今更素直になるなんて気恥ずかしく言えなかった。
「・・・あ、手紙」
「手紙?」
要は手紙のことを思い出した。 母が既に助かっているのなら手紙だけを取りにいくことはできるのかもしれない。
「・・・手紙を取りにいかなきゃ」
元母との繋がりが手紙を失ってしまえば途絶えてしまう。 要は足を引きずりながら家へ近付こうとするが当然のように母に止められた。
「要、そんな怪我でどこへ行くの!!」
「手紙を取りに行きたいんだ、俺の部屋にある手紙だよ! 早く行かないと燃えちゃうから・・・」
そう言うと母は要の目をジッと見つめて言った。
「・・・そんな足で火事の家へ入ったら焼け死んじゃうわよ」
「でも・・・」
「・・・要にとってそこまで大事なものなのね? ならお母さんが取りにいく」
「・・・え?」
「怪我をしている要よりは私の方がまだ上手くいく可能性があるからね。 ・・・もし手紙を持って戻ってくることができたら、私のことを本当のお母さんだと思ってくれる?」
そう言って優しく笑った母は燃える家へと歩き始めたのだ。
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