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「遅くなった!」
そこには妙齢の女性が立っていた。裾長の白衣を纏い、走ってきたのか、肩で息をしている。その度に、よく手入れされていなさそうな金髪が揺れていた。
そして、その女性、グーシオンは、少年をを見……否、空間そのものに流れる濃密な力の流れを見、状況を判断した。
「レナ、触れるな! 黒焦げになるぞ!」
「え? あ、はい」
言われた通りに、レナは急いで手を引き付け、彼から身を退いた。
「魔力の……いや、違う? だが、確かに……何だこいつは?」
「どうされたのですか?」
怪訝な面持ちで呟いているグーシオンを疑問に思い、レナは声をかけた。グーシオンは空間と少年を幾度か見比べ、さらに細かく状況を判断する。
「在り得るのか……? 魔力以外の何かも、こいつは持っている。その二つ……いや、三つかもしれないが、幾つかの力が暴走している、と思う……」
グーシオンは、やけに自信が無いように言った。それもそうだ。グーシオンには、その魔力以外の力などは見たことが無かった。魔力だけでも二種類あることは知っていたが、わけが分からないと頭を捻る。
「考えていても埒が開かない! 結界で固めるぞ」
一先ず、この状況をどうにかする必要がある。少年から溢れ出る、謎の力。まずそれを、食い止めるべきだった。
「は、はい!」
簡易ではない、精密で複雑な結界を張るために、瞑想を開始した。
†
「何だ……何なんだ……! 俺は……俺は……っ!」
周りで何かを言っているが、彼の耳にはとうてい入ってこない。完全にパニックに陥っていたのだろう。
何も、何も分からない。そんな状況で、平静を保てる筈がなかった。
「(──知りたいか?)」
不意に、彼の頭に直接響くように、それは鳴った。耳で聞いているのでは無いような感覚。そのためか、いやなほど鮮明に聞こえる。
「(──己が何者かを知りたいか?──)」
語るようなそれは、恐らく男のもの。思い出せないが、どこかで聞いたことがあるような……男の声。
「俺は……俺は……俺は……」
狂ったレコードのように、何度も同じ言葉を繰り返す。
「(──しかし、そこには私はいない。汝(なれ)、サミジーナに赴け──)」
それを知ってか知らずか、その声は続ける。知らない単語もある。だが、気になれない。
「(──ただ──)」
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