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†
「汝(なれ)、何を願うか?」
それは、男の声。何も見えない白い世界。目を瞑っているのに、白い。
「汝、何を叫ぶか?」
言葉は全身で聞いている。染み込み、浸透し、溶け込み、一体となる。
「汝、何を褒めやすか?」
見えないのに見えている白い世界は、独りでただ、黄昏ている。
精神だけの意識で、セエルは感じていた。
それは、虚無。
本当に何もない、白い世界。
「んっ……」
木の天井がそこにあった。
「ここは……?」
セエルは上半身を起こした。
質素な造りの木造の一室。目立った装飾はなく、枕元の灯りがそれらしいものだろう。あとは、机やゴミ箱や、その程度だ。
それに、少し埃っぽい。
「やっと起きたか」
太陽はもう頂点に達している。
「こ、ここどこ?」
「宿だ」
「宿?」
「これでも気遣いなのだがな」
「あ、ありがとう」
しかし、セエルにはよく分かっていなかった。何が気遣いなのか、なんのための気遣いなのか、何故必要だったのか。
ただ、それはセエルが深く考えるに値しなかった。
疑問としてだけそれを持ち、考えはしなかった。必要もなかったからに違いはないが、それ以前にこの事は驚くほどに素直に飲み込めていた。
「(セエル、器の話はしたな?)」
いきなりの風音の言葉に、セエルは肩を跳ねさせた。
「(したけど?)」
「(戻っている。広がった器が、元に)」
「(そろれは喜んでいいのか?)」
「(嘆いた方がいい)」
「(……はぁ)」
本当に嘆くべき事かはセエルには到底理解できなかった。
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