夏いろ焦げ茶いろな君

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夏いろ焦げ茶いろな君

 まだ六月なのにさ、梅雨明けしたんだって。  日差しが容赦なくて、僕はミニのタオルを頭に載せた。  直射日光から頭を遮り、ないよりは少しマシかな。  屋上のお決まりのベンチ席は、がちがちゴツゴツの粗末なコンクリートなもんだから、うっかり火傷しそうなぐらい熱くてかなわない。  じわじわじんわりと太ももやお尻に汗をかく。 「今年は早い梅雨明けなんだと」  僕がそういうと、花咲(はなさき)は「ふーん」とだけ言って弁当を広げた。  花咲は傘をさした。 「入る? 桜井も」  日傘か? と訊いたら「知らん」と素っ気ない返事が返ってくる。 「普通の傘でも効果あんの?」 「さあ〜? ささないよりマシかな」  花咲は真っ黒の傘の中でわしゃわしゃ弁当の中身を次々とたいらげていく。  茶色い弁当……、花咲んとこの今日のおかずは唐揚げにきんぴらだな。  僕は学食横のパン屋さんのサンドウィッチを食べ始める。  ハムとポテサラの間の微かな辛子がきいていて美味いんだ。 「あのさ、花咲。落ちてたわ、ジャンジャンの漫画新人賞」 「……だな。さっき購買で雑誌見て確認した」 「ジャンジャンは大手だし、賞金でかかったんだけどな」 「だよな〜。俺達すっげぇ頑張ったもんな。……純粋に悔しいっス。新人賞獲ったのさ、30歳の人だったな」 「見たか? 苦節15年ってプロフィールに書いてあった」 「すげえな。諦めないって」 「なっ」  僕と花咲は二人で小学生の頃から漫画を描いていた。投稿したては箸にも棒にもかからない感じだったが、高校生になったらたまに出版社の編集の人から電話がくるようになった。  僕たちの描いた漫画は、学生部門コンテストでは中学生の頃に一度だけ佳作を獲って、季刊の雑誌に掲載されたことがある。  あの時はマジで嬉しかった。  一人で小遣いをはたいて5冊も雑誌を買って、家族と友達に配ったりした。  でも、プロになれる保証はない。  佳作止まりだしさ。  進路、どーすっかなあ。 「花咲は進路どうすんの?」 「大学行くよ。奨学金受けてバイトで学費稼ぎながら」  ――なあ、漫画どーすんの?  僕は聞けなかった。  花咲んちは母子家庭だ。  元々、漫画の賞を獲ってお母さんを楽させてやりたいって、漫画を描き始めたんだ。  小学生にはお金稼ぎの知識もやっていいことの中で働く方法が分からなかった。  花咲はアイドルとか子役になってとか最初考えたらしい。  思いついて実行したんだ。すごいや。  花咲はアイドルコンテストで準優勝に輝いた。  だけど、アイドルにも子役になるにもデビューするまでに莫大なレッスン料がいるって知ってやめた。  漫画なら、年齢は関係ない。  実力さえあれば、デビューして非力な子供だって漫画家になれる。 「俺、次のコンテストで漫画やめるわ」 「――っ。……そっ、そうか」  なんとなく合致した。自分が予期していた花咲の将来計画。  家、大変そうだもんな。 「高卒で働いたらどうよ?」 「あ〜、それ考えたんだけど。高卒と大卒じゃ給料や出世が何倍も変わんの、まじで。母ちゃん楽させてやりたいのに、高卒じゃすぐには叶わないからさ」 「……そうなんだ」 「ああ。……やっぱやるよ。漫画はやっぱまたやる。大学入試が終わって落ち着くまで一時休戦ってことでいいか? 時間捻り出して」 「いいよ。無理しないでさ」 「俺が桜井と漫画描きたいんだって今思った。刹那に」 「なんだよ、刹那にって。あんま現実世界で使う言葉かあ? 花咲、それ中二病、中二病」 「うっ。あ〜、ここんところ、たまに小説とかエッセイ書いてんだ。だからかな」 「はあっ? 小説? 僕に黙って? なんで黙ってたんだよ」 「恥ずかしいからに決まってんだろう」 「漫画を描いてる仲間なのに、か?」 「読んだら桜井、俺を拒絶する」 「なんでだよ? ラブコメ?」 「うーん」  僕らが書いているのはコメディを入れた青春バトル物語が多い。  擦れた性格、なんだかラブコメは花咲に似合わない。 「ラブコメ? 確かに花咲には合ってるような、合ってないような……。まあ、挑戦も悪くないよ。今、読ましてよ」 「ラブコメじゃない。……えっと」 「えっと?」  急に花咲の顔が僕に近づいてくる。  なんか僕の匂いをクンクン嗅いでくんだけど!?  い、犬みたいだな。  前から、ちょっと思ってたけど。  あざと可愛いって感じ。おねだりするいじましい子犬みたいな? 「花咲〜! なんで可愛いワンコみたいに匂い嗅いでくんだよ?」 「……可愛いって言った。桜井が俺のこと可愛いって……。なんか桜井の匂いが落ち着く。キャラメルみたいな甘くて芳ばしい香り……」 「なっ! なんだよ。恥ずかしいから止めっ」 「止めない」  花咲の真剣な瞳の奥の熱に驚いて、僕は身動きできない。  へ、変な雰囲気だぞっ!? 「書いてみたんだわ、俺。びーえるとかエッセイ」 「びーえる? ――BLっ!?」  瞬間、隙をついて、花咲の唇が僕の唇に重なった。  乾いた感触、でもあたたかくて柔らかい。 「キスしてみたかった」 「からかってんのかっ!!」 「からかってなんかない。だってこんなに震えてる」  緊張と混乱――、だけど込み上がってくるモノ。  これはなんだ?  僕は一転怯えたような表情(かお)の花咲をまるごと抱きしめた。  そうしてやらなきゃならない気がした。  花咲はまるで雨に濡れた捨てられた子犬みたいで、憐れで不憫で、可愛かった。  これは、放っておけない。  胸がキュウゥーンッて甘く切なく疼いて痛んだ。  今すぐ! 抱きしめてやらなきゃって思ったんだ。  衝動が駆け巡ったままに、花咲を包みこんで。  暑い陽気なのに、僕からの答え一つで冷えてしまいそうな花咲の繊細な心を僕が温めてやりたくなった。 「僕、不安も大胆さも、がさつで粗野なのに隠れた繊細さも。……反対なもんを合わせ持つ花咲が好きだと気づいた」 「好き? 俺を? 桜井が俺を? なあ、 ほんとにほんとか? ……好きより熱いんだ。愛しいってこんな気持ち、なのかな?」  今度は僕から花咲に唇を重ねると、花咲が応えるように押しつけてくる。  噛むように吸い上げるように。 「なにこれ、気持ちいい」 「俺と桜井だから」 「僕と花咲でするキスだから?」 「そっ。じゃあこの経験を活かして高校最後の記念にBL漫画でも描いてみるか?」 「ムリっ!」 「だよな〜」  花咲には僕なんかもういらんのかと思った。  二人で漫画を血反吐を吐く思いで寝食削って書きながら重ねた時間は、花咲には大事じゃないのかと悔しくて哀しかった。 「いつか漫画で桜井と一緒に(メシ)が食えるようになると良いなあ」 「なにそれ、僕にもうプロポーズ?」 「プロポーズ。桜井あんがいモテるから浮気すんなよ」 「僕は浮気なんかしないよ。花咲こそ、裏でファンクラブあるぐらいモテるんだから浮気しないでよ」 「ファンクラブ? 何それ、初耳〜」  ハハッと笑いながら、花咲が抱きしめてくる。 「あーあ。俺、桜井に相応しいお嫁さんとして料理とか始めるかな」 「えぇっ!? ……ってゆーか僕が新郎側なの?」 「なんとなく。……桜井が新郎で俺が花嫁。しっかしなぁ、男同士じゃ日本で結婚出来ないね」 「そのうち外国で式挙げれば良くないかなあ?」 「あぁ、そっか」  花咲がまた抱きしめてくる。 「暑いって。花咲、暑苦しいわっ」 「良いじゃん」  こんな甘々な雰囲気になっちゃってバトル物の漫画なんて描けるかな。 「なあ、桜井。俺とさ、BL描いてみよっか」 「えっ?」 「イチャイチャしながら、お試しで。俺とお前とでBL漫画を描いてみようかって言ったの」 「BL漫画をねぇ」 「ふふっ。なら、百合でもい〜んじゃね? チャレンジ、チャレンジ。なっ?」  花咲が僕の鼻に口づけてくる。  夏、夏だ。  もう夏だよな。  あっちいなあ。  なにもかも焦げそうな、夏が来る。          了
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