第一話

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「アサグめ、空気も読まずにわたくしとアクルガル様の時間を邪魔して。向こう百万年は地下に埋まってればいいのよ」  憎々し気につぶやき、成敗とばかりに雷でもって悪霊アサグを懲らしめた魔王女は、水晶玉の中を改めて覗き込み、ふしゅううっとそれこそ悪霊が抜けていくかのように目尻を下げてうっとりと微笑んだ。 「ああ、それにしてもアクルガル様ったらカワイイ。うふふ、すっかり戸惑っていらっしゃるわ」 「あれー、姉上。アサグやっつけちゃったの?」  のんきな声を発して横からシャル・カリも水晶玉を覗き込む。 「アクルガルが無事でよかった」 「当然よ、わたくしが守るもの」  つんと眉をそびやかし、アビ・シムティはさて、とドレスの裾をひるがえして部屋を出た。 「荷造りはできたかしら。すぐにも出発しないと」 「いいの? アクルガルは別居のつもりでいると思うよ。なのに姉上が東方領に行ったらびっくりするんじゃない?」 「ふふふ、そうよね、きっと驚かれるわ。うふふふ、だからナイショでいくのよ。ふふ、アクルガル様のびっくり顔が今から楽しみ」 「わかるー。アクルガルの困った顔とかきょどったようすとか。クセになるよねえ。もっと困らせてやりたくなっちゃう」 「そうそう、そうなのよ。ふふふ、特にあの照れて真っ赤になったお顔なんて、うふふふ」 「照れて真っ赤? なにしたのさ、姉上」 「なにって……。ていうか話をはずませないでよ、アクルガル様の尊さはわたくしだけが知っていればいいのよ。おまえが語るのは百万年早いわ。アクルガル様の前でかわいこぶりっこしちゃって気持ち悪い」 「姉上こそ、アクルガルの前でいつまで淑やかぶりっこしてるつもりさ。無理があるよ」 「アクルガル様の前では自然とああなるのよ。なにか文句?」 「えー、ていうかさー。実のところ初夜もすんでないんじゃ……」  バン! と壁ドンで弟をおさえつけ、後に〈最悪の魔王〉と呼ばれることになる魔王女は、それにふさわしい酷薄な笑みを浮かべてシャル・カリを睨みつけた。 「それ以上言ったら殺すわよ」  恐れ入ったシャル・カリは両手で自分の口をふさいでこくこく頷く。 「黙ってるからさ。ボクも一緒に連れてってよ」 「ついてきたら殺すわよ」  颯爽とホールに向かう姉に追いすがりながらシャル・カリは懲りずに口を開く。 「アクルガルの誤解はどうするのさ? なにか思い違いしてるよ、あれ」 「そうねぇ」  憂慮するようにしばし目を伏せたアビ・シムティだったが、すぐにうきうきと胸の前で手を合わせうっとりと頬を染めた。 「しばらくはそのままでいいかも。困っているアクルガル様ってほんとうに可愛くて素敵なんだもの」  初恋の人の面影を眼裏に描き、魔王女アビ・シムティの心は既に愛しい夫のもとへと向かっているのであった。
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