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ここは獣人世界の片隅にある珈琲専門店「イヌカ珈琲」。見慣れた看板はレトロなフォントで控えめな大きさ。常連でないと見逃してしまうかも知れない。
真ん中に小さなステンドグラスが嵌め込まれた木製のドアを開けるとウッドチャイムの音が心地好い。
同時に珈琲の芳しい香りがふわりと漂ってくる。
「いらっしゃいませ。あぁ猫田様!いつもの特等席、空いてますよ」
低音の良い声で出迎えてくれたのは、マスターの犬飼さん。
犬の獣人の年齢は、私にはサッパリわからないけれど、若造ではないが年寄りでもないらしい。
「猫田さん、こんにちわ!今日も三毛の毛艶が素敵ですね!ご注文はいつものブラジルプレミアムショコラっスよね?」
人懐っこい笑顔で出迎えたのは柴犬の獣人スタッフ「柴田」くん。先月から入った新人アルバイトだ。
先月、惜しまれながら辞めていった秋田さんと入れ替わりで雇われた。
ちょっと言葉遣いが残念だけど、小麦色の毛とクリっとした目が可愛らしい男の子で、お姉さんとしてはつい許せてしまう。
「覚えてくれたの?でもごめん。私、ひと月ごとに飲む豆を変えることにしているの」
「え!そうだったんスか〜。やっと覚えられたと思ったのに……」
シュンと耳が垂れる。
「ふふ。ありがとう。でも、また覚えたじゃない。私はひと月毎に飲む豆を変えてるってこと」
「そうっスね!」
柴田くんは素直でかわいい。
今度は尻尾がブンブンと、これでもかと左右に振れまくっている。
「柴田君、“〜っス”は敬語ではないんだよ?」
マスターが苦笑いしながら言葉遣いを注意する。
「若いから、まだ学生時代の言葉遣いが抜けないのよね?今にだんだん覚えていくわよ。ね?柴田くん」
「うっス!」
私がウィンクしながらフォローすると、柴田くんは元気良く(若干バカっぽい)返事をした。
「猫田様はそうやって許してくれるけど、気難しいお客様もいますからねぇ。なるべく早く直して欲しいものだけど……」
「猿渡さんとかね」
私がニヤニヤしながら実名を挙げるとマスターは何も言わず微笑みで返してきた。
「マスター、今月のオススメは?」
「そうですね〜。猫田様は最近流行りの浅煎りよりは、深くて苦味の強い方が好みだから……インドネシアのマンデリンなんかいかがですか?」
「じゃあそれでお願い」
注文を決定すると「マンデリン入ります!」と柴田くんが、これまた元気良く声を出し「聞こえているよ」とマスターにたしなめられた。
「マスター、今日はオオカミの彼、お休みなの?」
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