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第1章 幼務所 ①
拝啓。
田舎のお母さん。
中学生の頃から小学校教員を志し、勉学に励んできた私。
大学もそこそこいいところに入学でき、さらに勉学、そして実習に打ち込んできた私。
小学校教員の免許も取り、いよいよ小学校教員として働くことができると希望に胸をいっぱいにした私。
そんな私。
そんな私がなぜこのようなことになったのでしょう。
「無駄にでかい……」
私の視線の先に存在するのはかの有名な幼務所。
快晴の空に映えるそれは私を快く迎え入れるようにすこぶる晴れやかな雰囲気を醸し出しています。
小学校教員になるために人生の全てを注ぎ込んできたといっても過言ではない私は、恐ろしいことに公立・私立の小学校教員の採用全てに落ちてしまったのです。
こんな悲しいことがあってよいのでしょうか。
いやいいはずがありません。
自暴自棄になった私はとある全国チェーンのドラッグストアの採用試験を受け、見事内定に至りました。
とりあえず来年度から飯が食えるお金がもらえればいい。
趣味に生きていこう。
世の中に絶望した私はそう決意したのです。
ドラッグストアを選んだのも小学校という憧れから遠い環境を望んだから。
しかしそんな私をさらなる悲劇が襲うのです。
私がこれまで培ってきた教育に関する知識を生かしてほしいとの人事で、なんとそのドラッグストアが開設した幼務所での勤務を命じられてしまいました。
まさに踏んだり蹴ったり。
小学校教員にもなれず、そこから完全に離れたいという気持ちすら無視され、体は子ども、心はババア、通称ロリババアなる人外の相手をさせられることになってしまったのです。
しかも何かしら罪を犯した。
「うううう……。なんでこんなことになるんですかね」
吐き出すため息も気怠そうに地面へと落ちていきます。
もちろん、待遇は悪くありません。
むしろ他の新卒の方に比べてもらえる方だと聞いています。
しかしそれでも辛いものは辛いのです。
他の会社にも受かればよかったのですが、残念ながら不景気の今、そうそう職は得られるものではありませんでした。
「おい、そこのロリくん」
意気消沈している私の背中に野太い声がぶつかってきました。
「はい?」
声のした方を振り向くと、そこには私よりもはるかに高い背丈の男性が立っていました。
髪は薄いブラウン。
瞳もその髪に合わせるように茶色がかっています。
年齢はどうでしょうか。
おそらく五歳以上は上だと確信するだけの存在感がそこにはありました。
「中に入りたいからどいてくれないか?」
その佇まいからして既に働かれている方なのでしょう。
「あ、すみません」
私は小さく声を吐き出し、さらにその声よりも遥かに小さくお辞儀をして道を譲りました。
そしてその人が見えなくなってから私も幼務所の門をくぐったのです。
これから待ち受ける多難を知る由もなく。
☆
『えー、君らはどのような志を持ってここに来たのでしょうか?』
幼務所の第一講堂。
そこに集められたのは今年度から幼務所で働く同期かつ同僚たち総勢百名。
多くないですか?
確かに大企業ではあるけれども、ここに集められているのはあくまでも幼務所に勤務することになる人だけ。
私はキョロキョロと周囲を見渡します。
皆屈強そうな男の人ばかりでか弱い女性である私はその存在が浮いているのか、皆が皆私の方を見てくるのです。
『志は人それぞれ。私たちも大人です。個人の志云々にまで口を出すつもりはありません。しかしこれだけは伝えておかなければなりません。これから君たちが相手にすることになるロリババアに靡くことなかれ。私たちは前社長である故リンチの意思を受け継ぎこの幼務所を維持し続けるために毎年大量の人材を採用していますが、一年と経たずにその大半が辞めていきます。昨年度の採用百名のうち、現在も残っているのは五名のみ』
熱のこもった言葉に私は思わず息を呑みます。
『理由は単純。ここに住まうロリババアはあなた方の想定以上に狡猾。視認するだけで惑わされ、触れるだけで振り回され、声を聴くだけで骨を抜かれ、仕舞いにはロリババアなしでは生きていけなくなるレベルにまで堕とされてしまいます。もちろんそうなる前にこちらから引退勧告を致します。しかしだからこそ、死ぬ気で生き残ってほしい。こちらもサポートは全力でします。以上。それではこれから各寮に移動し……』
☆
「すごい熱量でした……」
私はあの会場の熱気に当てられたようで、軽いめまいを覚えつつ自身にあてがわれた寮の部屋へと歩きます。
今日はこれで終わりの様なのでこのままゆっくりと過ごしましょう。
「それにしても本当に私はここにいていいのでしょうか……」
コロコロと転がるスーツケースのローラーのように、私の心も焦ります。
仕事の内容は置いておいて、あの上官もそして周囲の人たちもとても高い志を持っているようでした。
それなのに私は志を折られた結果としてここにいるだけ。
やる気なんて毛ほどもありません。
もちろん私だって小学校教員になることができていれば違ったのでしょう。
それこそ先ほどの方々のように目をぎらつかせていたはずです。
「はぁ……」
出るのはため息ばかり。
ただでさえ古めかしい寮の廊下がさらに暗くなりそうな勢いです。
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