第1章 幼務所 ②

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第1章 幼務所 ②

「私の部屋はここですか」  寮の六階。  その一番端の部屋、666。  私がこれからを過ごすパーソナルスペース。  人事担当者に聞いた話によると、女性採用は私だけ。  となると必然的に一人部屋。  先ほどまでの憂いはいったん忘れて、都内のそこそこ良い立地に格安で住めることにまずは感謝しましょう。  私は気持ちを切り替えつつドアを開けました。  しかしそこには予想外の光景が広がっていました。  私一人だけの部屋だと思っていたのに、そこには既に先客がいたのです。  しかもその先客はどうやら風呂上がりのようで、生まれたままの姿で仁王立ちしていました。  そして何よりも女性の採用は私一人だったのですから必然的にそこにいるのは男性。  溢れんばかりの窓からの陽光に照らされ、彼は、そして彼のムスコはその存在感をこちらに押し付けてきます。 「んあんgじゃじゅいrgばえりあそgんじゃおいrgなおrぎあrgなおんがろい!」  声にならない声とはまさにこのこと。  私は卒倒しそうになる体を何とか支えます。 「なんだ、先ほどのロリ君じゃないか。この部屋に何の用だ?」  男はシンボリックなそれを隠すことなく、真っすぐにこちらを見据えてきます。 「なななななななななーななななー、何の用だって、ここは私の部屋です。あなたこそこの部屋に何の用ですか」  私は必死にシンボリックなそれから視線を逸らしつつ、鍵につけられた部屋番号を見せます。  男はそれをじっと見つめると、今度は自身の鞄から鍵を取り出し番号を確認しました。 「うん、こっちも666だ」 「ええっ?」  私は男の手に握られた鍵に視線を送りました。  そこには確かにこの部屋の番号666が刻まれていました。 「そんな……。何かの手違いでしょうか」  ここにきてようやく力の抜けた私はお尻から座り込んでしまいました。 「うええい!」  しかし座り込んだ視線の高さにちょうど彼の彼がピタリ。  またしても変な声が出てしまいました。  少しは隠すという努力をしてほしいものです。 「いいいい、一度管理人に聞いてみましょうか?」  私は必死に視界を遮りつつ彼に提案をします。  何かを解決するときはまず提案から。  しかし、目の前の彼はこちらの提案が聞こえていないのかなんのか腕組をしつつ何かを思案します。  そして数秒後。 「なるほど。君が、ロリ君がそうか!」  得心がいった、という顔でこちらを見つめてくる男性。  特徴的な八重歯が顔を覗きます。 「俺は淡路東吾だ」  差し出される手。私は社会人として常識的な反射で手を握り返します。 「私は田所桜子です」  手から伝わる体温で少し心が落ち着いてきた私はとあることに気づきます。 「あなたは今朝私と門付近で……」  そう、淡路東吾と名乗った男性は私がてっきりここの職員だと思っていた方でした。 「そうだ。あの時の男だ」 「あの、朝もさっきドアを開けたときも思ったんですけど、その私に対してロリって言うのはどうしてですか?」 「ロリはロリだろう?」  東吾、さんは訝し気にこちらを見ます。  その視線に私も困惑するしかありません。  私は年齢的に既にロリではないですし、見た目もごくごく一般的な成人女性。  どこにもロリ要素は見当たらないのです。  もしかしてこの男性の言うロリとは別の意味があるのでしょうか? 「ちょっと言ってる意味がわからないのですが」 「俺も君の言っていることがよくよくわからない」  どうにも話がかみ合わないみたいで二人とも首をひねります。 「まあ、そんなことはどうてもいい。これから早速幼務所内を共に探索しようではないか」 「はははは、はい」  私は言われるがままに荷物をとりあえず部屋の隅に置いて東吾さんの後を追いかけました。 「いや、服!」  鍛え抜かれていそうなお尻が薄暗い廊下で揺れることを見過ごすことはできませんでした。   ☆ 「あ、あのー……」  寮を出て数分。  すたすた足早にと前を歩く東吾さんに私は恐る恐る声を掛けました。 「なんだ?」 「どうして私も一緒になんですか?」  業務開始は明日から。  今日はそのための英気を養う時間として当てる。  はずだったのに、なのに何となく彼の勢いにつられて外に出てしまった私。  同じ部屋だからと言って一緒に行く義理もないはずなのに。  さらに言えばまだ相部屋だってことも受け入れられていないのに。 「どうしてって、君は俺の助手だろう?」 「ジョシュ?」 「助手」  彼との会話がかみ合いません。  初対面だからということ以外に何か大きな理由がありそうな予感。  彼もそれに何となく気づいたようで、立ち止まり、再び腕組みをします。  そして数秒後。 「もしかして、何も聞いてないのか?」 「何も聞いてないとは?」  私の返答に彼の瞳孔が開きます。 「あの人、なんで大事なことを……」  悩まし気に眉間に皺を寄せながら、彼は天を仰ぎます。 「あの、一体全体何が何なのでしょう」  しかしそんな私の問いに答えることなく彼は天に向けていた視線をぐりんとこちらに向け、足先から頭のてっぺんまでをまるで嘗め回すように目を動かしていくのです。 「いや、意外と見当違いでもないのかもしれないな。ただ、何の説明も受けずにここにいることを考えると、ロリ君はギリギリで採用されたんだろう」 「桜子です」  私のあずかり知らないところで私が動かされているような雰囲気に少しムッとしてしまいました。 「これは失礼。桜子君は急遽ここに配置されたんじゃないか?」 「は、はい。元々別の職種を希望していたもので、こちらから内定もらったのは年度末の二月でした」  合点がいったと東吾さんは満面の笑みを浮かべます。 「そうだったのか。それなら俺から説明した方が早いな。いいか。君と俺がここに配属されたのはロリババアの面倒を見るためじゃない」  東吾さんの目は急に真剣さを帯びていきます。  まあそもそも私は普通にドラッグストアの店員になるつもりだったので面倒を見るつもりも毛頭なかったわけですが。 「俺たちがここに召集されたのは四天女王を抑え込み、この幼務所内に秩序を取り戻すためだ」 「はえ?」  秩序を取り戻す?  この幼務所内に?  四天女王?  頭に毛ほども入ってこない単語の列に私の脳内は戸惑うばかり。  私の戸惑いを無視して東吾さんは続けます。
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