第2章 アイナス・ボルード・アマナンテ ①

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第2章 アイナス・ボルード・アマナンテ ①

 誰かは少女の心に永遠と残るのに、誰かの心にその少女は永遠と残ることができない。  この世は不平等だとヴァンパイアの少女は思う。  過ぎ去る日々に思いを馳せても、変わりゆく今に手を伸ばしても、少女の前をただ時が静かに過ぎていくだけ。  大切な人もとうの昔にいなくなった。  大切だったモノもとうの昔に朽ちてしまった。  残されたのは代り映えのない時。  残されたのは代り映えのない心。  いつからだろう、こうなってしまったのは。  少女は思案をするが、答えは出ることなくその問いだけが心の奥底へと沈んでいく。  今日も少女は時を持て余す。  今日も少女は心を持て余す。  来るはずのない救いを待ちながら。  ―――――――――。  ―――――――――――――――――――――。  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――。 ☆  拝啓。 「ふん! ふん!」  田舎で今頃お父さんのお弁当作りをしているお母さん。 「おうんふぅ! おうんふぅ!」  私が幼務所に配属されて二日目の朝です。  朝五時半です。 「そおおおおおい! そおおおおおおおおおおおい!」  私は仕切りを挟んで反対側でおそらく筋トレをしているであろう東吾さんの熱の籠った声で鼓膜を揺らしています。 「ふうううううん! ふううううううん!」  鼓膜の揺れを感じながら私は昨日の事を既に何回目かもわからないけれども、改めて脳内で再生するのです。 『俺の目標は、この世に存在する全てのロリババアとセ●クスをすることだ』  東吾さんの爽やかな笑顔と理解することのできない文字の羅列が異様なギャップとなって私の脳内を駆けずり回っています。  駆けずった後にはもれなく黒い粘々した何かが張り付いていきます。  剝がれません。  剥がれそうにもありません。  そもそも触りたくないし。  夜は一睡もできませんでした。  なので、今とてつもなく眠いです。  きっと目の下には黒々としたパンダもびっくらぽんの隈ができているはずです。  クマなのにパンダとはこれいかに。  あー、寝れていないので頭が回りません。  何度も、何度もベッドの上で東吾さんの言葉を反芻しつつ、スマホを握りしめ思いました。  これは事案では?  通報した方が世の為では?  そう、思いはしたのですが彼は何をしたわけでもないのです。  ただ彼はロリババアとせせせせせせせせせせせえせっせせせせせせせせええsssssssssssssssssssss……クスをしたいだけなのですから。  したいだけ、そうであるならば何も犯罪ではありません。  例え人を殺したいと思っても実行しなければ罪にはなりません。  例え電車内で痴漢の妄想をしたとしてもそれは人間性が問われるだけで罪にはなりません。  つまり私と部屋を同じくする彼は、現在進行形で犯罪者ではないのです。  しかしそうなる可能性が非常に高い未来犯罪者なのです。  そう考えてしまう私がいる一方で、昨日彼の優しさに触れてしまった私は彼のことをポジティブな存在として捉えてしまっているのです。  妖精に襲われた後の私の恐怖を取り除くために彼はいろいろな話をしてくれました。  愉快な話。  痛快な話。  感涙な話。  その全てがどれも私の心を掴んでしまいました。  両極端な彼の評価が私の中に存在していて結局彼が朝五時に起きて筋トレを始めるまで結論が出なかったのです。無念。 「あれ? でも?」  と私の思考は再び回ります。  何となくロリってついているから犯罪っぽく聞こえますが、そもそも中身は私なんかよりも遥かに年上なわけで。  そんな存在といたすのは犯罪なのでしょうか?  対象が純粋なロリならば迷わずギルティ。  ですが、東吾さんはあくまでもロリババアと、と言っていました。  もし東吾さんとロリババアとの間に合意があればそれは単なる行為では?  それを犯罪と呼ぶのは私の偏見とエゴなのでは? 「んん? でも……。ええ……」  追加要素によって脳内でさらに混乱をしていきます。  このまま迷宮入りしそうな勢いです。 「桜子君、君も起きているのか?」 「ひゃ、ひゃい!」  隣からの声でピントのぼやけていた脳内が一気にクリアになります。 「そうか、早起きは三文の得と言うしな。私はこれからシャワーを浴びて食堂で朝食をいただくが、君も一緒に食事しないか?」 「あ、はい」  返事をしながら私は一旦考えるのをやめることを決意しました。  今日から本勤務。  何が起こるかわかりません。  脳内でカロリーを消費するのはよくないとの判断です。 ☆  食後。  私たちはコーヒーを飲みつつ今日の動きについて話をしていました。  寮の食堂は朝六時から食事提供可能となっていまして、東吾さんはカツカレーを食べました。  私はかけソバを食べました。  おばちゃんのおススメです。  心も体も温まります。  カツカレーを嬉しそうに頬張る東吾さんの姿を見ると、やはり昨日の発言は何かの聞き間違いではないかと思えて仕方がありませんでした。 「今日は早速だが、四天女王の一人、ヴァンパイアのアイナス・ボルード・アマナンテのところに行こうと思う」 「あの、昨日も仰っていたその四天女王って何なんですか?」  湯気の立つコーヒーを一口。  苦みがいい感じに舌に広がっていきます。 「ふむ、そういえばその説明も途中だったな」  東吾さんは傍に置いていたタブレットを操作し、こちらに画面を向けます。  そこには四人のうら若き女性が映し出されていました。 「四天女王というのはこの幼務所内において絶対的な権力、そして実力を有しているロリババア四人のことだ。基本的にこの幼務所内にいるロリババアはいずれかの四天女王の配下にいる。昨日の妖精も四天女王の配下だろう」  東吾さんは私とは対照的に、キンキンに冷えたアイスコーヒーを口に含みます。  その所作は美しさすら感じるほど洗練されています。 「まあそれはいいのだが、ほとんどのロリババアが配下についているということは、こちらが四天女王を抑え込めば自然とこの幼務所内にも秩序が戻り、従来の更生機能を取り戻すことができる。それが上層部の筋書きだ」 「なるほど。それは合理的と言えば合理的ですね」  私はシンプルな話に頷きます。 「だがもちろん一筋縄ではいかない。昨日言ったように、ここに収容されているロリババアは百歳を超えているが、四天女王はその比ではない」  彼はタブレットを爪で軽く叩きます。 「まず、今日出向く予定のヴァンパイア、アイナス・ボルード・アマナンテ。見た目は十歳にしか見えないが、彼女は推定年齢四百五十歳だ。そしてゾンビ、鷺ノ宮鏡花。彼女は百二十歳と比較的若いが、その腕っぷしだけで四天女王に上り詰めた逸材だ。次にエルフ、モルカート・ユルルリル。彼女は六百歳を超えている。エルフと言えど五百歳を超えると多少容姿が衰えていくものだが、彼女はその美貌と若さを保ち続けている。最後にサキュバス、シアン・ランド。推定年齢は二百五十歳。見た目はアマナンテよりも上、鷺ノ宮鏡花よりも下といったところか。収容前は目立つ存在ではなかったらしいが、収容後別人のようにその力を発揮しているらしい」  私は彼の説明を聞きながら改めて自身が大変な環境に置かれたことを実感します。口に含むコーヒーの苦みが増したようにすら思えます。  しかしそんな私の緊張をくみ取ったのか、東吾さんは笑みを浮かべます。 「心配するな。俺がついている。君を危険に晒すことはない、と軽々しく保障はできないが、可能な限りそれを実現できるよう尽力しよう」 「ありがとう、ございます」  私は苦いコーヒーを再び口に含みます。 「もちろん、君も私が困ったときは助けてほしい」 「は、はい」  私は返事をします。  しかし同時に自信もなくします。 「さて、食事も済んだことだし、準備を整えて出発だ」
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