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第2章 アイナス・ボルード・アマナンテ ②
幼務所内は一般的な刑務所のそれとは違い、中心に広大な西洋風の庭園が広がっています。
ここの創始者であるリンチさんは言ったそうです。
『彼女たちを過酷な環境に置くことが正解ではない。あくまでも更生のための場所が必要なのだ。社会の狭間で罪を重ねてきた彼女たちにも何か理由があるはず。だからこそ、ここは感情豊かにあれるところにしたい。そう、ロリババアには花が似合う。父さんも言ってた。AVでもそうだった』
そんな彼の思いは今も継承されているようで、私の目の前に存在する庭園には非常に綺麗な花々が咲き誇っています。
「さて、この庭園を軸にして、今現在この幼務所内は四天女王によって四つのエリアに区分されている」
東吾さんは慈しむような視線を花々に送ります。
「ざっくりというと縄張りということだな。ちなみにこの庭園内は不戦不可侵協定が結ばれているらしく、ロリババアはいるものの基本的に争いや襲撃をされることはない」
私たちはぐるりと周囲を見渡します。
花畑の先に存在する寮。
「職員が暮らす寮は四つ。それぞれが不測の事態にすぐに対応できるように四天女王のテリトリーと庭園との境界線上に立地している。昨日俺と君は庭園側ではなくテリトリー側に足を踏み入れたがゆえに妖精に襲われてしまったわけだ」
「私たちの寮は、今日攻め入ると言いますか、なんといいますか、深くに侵入することになるヴァンパイアの方のテリトリーに隣接しているんですね」
「そうなるな」
「あの聞いていいですか?」
私は高校時代を思い出しつつ、右の掌をぴしりと空に伸ばしました。
「なんでも聞いてくれ」
そんな私の姿勢に感化されたのか、東吾さんの背筋もすんと伸びました。
まるで生徒と先生のような雰囲気です。
「なぜヴァンパイアからなんですか? その、朝見せていただいた資料ではゾンビの方が年齢も浅いですし、御しやすいような気もするんですが……。いや、あのもちろん素人考えなので申し訳ない限りですが……」
私は慌てて自身の意見を否定しました。
東吾さんの事だ。
深い考えがあって選んだはずなのに。
お恥ずかしい。
「なに、恥ずかしがることはない。むしろ知らないけれども意見をできるということは素晴らしいことだ。なぜならそれは君のためになると同時に、素直な意見は俺のようなロリババアを熟知した側からしたら新鮮な視点となることも多いからね」
そんな私の心を読んだかのように東吾さんはフォローをしてくれます。
人格者です。
『全てのロリババアとセ●クス』
「つえええええええええい!」
私は思い切り両頬を叩きました。
朝、破棄したはずの考えが頭をよぎってしまいました。
突然の私の奇行に東吾さんも目を丸くしています。
「あ、すみません。両頬に蚊がいた気がして」
「そ、そうか」
「それでなぜヴァンパイアから?」
「うん。まず彼女、アイナス・ボルード・アマナンテは自身を教祖とする宗教団体を有している」
宗教団体。
非課税。
「およそ二百年前に作られたその団体は徐々に人外・人間問わずに信者を増やし、実は今現在も増え続けている」
東吾さんの眼光が少しだけ鋭さを増していくのを感じました。
「先ほど、幼務所内のロリババアは四天女王の配下に入っていると言ったが、アマナンテの配下は信者数とイコールだ」
「宗教の力ってすごいですね……」
「いや、宗教と言っても彼女の場合、信者の血を啜り、それと同時に自身の血を他者に流し込む【交換】をすることで【支配】している形になる。宗教団体というのは表向きの仕様だ。実際は血による物理的かつ精神的な支配関係でしかない。もちろん、その支配される側はそれ相応の快楽と力を得られることになるらしいが。まあだからこそ信者数も増え続けているわけだ」
「なるほど。つまり、それなりの規模の派閥のトップ、しかも配下と強力な従属関係を形成している彼女を抑えれば今後が動きやすくなるというわけですね」
「理解が早くて助かる」
東吾さんは力強く頷いてくれます。
私の言動に対する彼の肯定的な言葉や声色は私の中の傷ついた自尊心を癒してくれます。
ありがたや。
「それともう一つ、理由があるのだが、それは後程披露できるだろう」
含みを持たせた言い方をする彼。
その含みは私の中に入り込み、よからぬ想像を膨らませていきます。
もしかして、もしかしてなんでございますが、最初にこの幼務所内でセ●クスしたいロリババアがヴァンパイアってことはないですよね?
頭によぎるはタブレットで見た可憐な少女の姿。
実年齢は四百五十歳でありながらも、その容姿は十歳程度。
そう十歳。
十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。十歳。
十歳!
東吾!
願望!
セ●クス!
「つえい! つええええええええええええええええい!」
私は迷わず、迷いを断ち切るために両頬に二度ずつ拳をぶち込みました。
私がおかしいのかしら?
☆
「あれ? 誰も来ませんね」
あの後二度ほどよからぬ妄想に支配されそうになる脳内を正常化するために頬を犠牲にした私は、地味な痛みを抱えながらアマナンテのテリトリーを東吾さんと歩いていきます。
東吾さんも私の異様な雰囲気に若干気おされしたのか、特段その私の行為について問うてくることはありませんでした。
原因はあなたなんですけれどもね!
口には出しませんが!
ちきしょう!
「やはり昨日あえて踏み込んでおいて正解だったな」
「どういうことですか?」
「昨日、妖精たちも言っていただろう。彼女らはここを管理しているつもりになっている人間どもをいたぶるのが楽しいのだと。つまり、ロリババアはここのヒエラルキーの頂点に君臨している。しかしそこに俺という一筋縄ではいかない異分子が入り込んできたわけだ。当然警戒をする。そして警戒している分、あちらも下手に動いてこないし、こちらもその分体力を温存できる」
知的!
昨日の動きは伏線だったようです。
さすがとしか言いようがありません。
「この警戒による不接近がどこまで続くかはわからないが、だからこそ一気に深部まで進んでいくことにしよう」
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