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パパ、お誕生日おめでとう
「ただいま~」
玄関へ入るとママがキッチンからやってきた。いい匂いがする。パパのお誕生日にケーキを焼いてるんだと分かった。
「遅かったのね。あら?」
ママを無視してわたしはパパのいるリビングへそそくさと向かった。
「パパ! お誕生日おめでとう。はい、チョコだよ」
ソファでテレビを観ていたパパは私の声掛けに振り向き、そして……
「うん? こ、これ犬じゃないか!!」
わたしは首に大きなリボンを付けた仔犬をパパに見せた。
「おいおい、うちはペットはダメだって……」
パパの言葉を遮ってわたしはこう主張した。
「名前はチョコ! パパの大好きなチョコだよ。お誕生日のプレゼント」
パパは相当な慌てぶりだがママは黙ってわたしの主張を聞いている。
「プレゼントはたとえ気に入らない物でもありがたく感謝して受け取らなきゃダメってパパ言ったよね」
そう、わたしが思い付いたのは仔犬をリボンで飾ってパパへのお誕生日プレゼントにしたのだ。
パパの大好きなチョコと名前を付け、手芸が得意な友達が上手にリボンを作って首元に結んでくれた。
クウン クウン……
チョコと名付けた仔犬が抱っこをせがむように真っ直ぐパパを見て甘えた声を出している。
どことなく戸惑うパパにわたしはそっと仔犬を渡す。
パパの手が震えていた。でもそれは犬が怖いとかではないように見えた。そして……
「サクラ、おまえ帰ってきてくれたのか」
――え? サクラってなんのこと?
パパはチョコの頭を撫でながら泣いていた。一体どうしたというんだろう。チョコはパパの顔を嬉しそうにペロペロ舐めている。
「パパは決して犬が嫌いなわけじゃないんだよ。好きだから避けていたんだ」
チョコを抱っこしながらパパがなぜペットを飼うことを反対していたのか理由を話してくれた。
パパは子供の頃に近所で生まれた仔犬をもらったという。
前足の肉球のひとつだけがピンク色をしていて、ちょうど庭で咲き始めた桜の色に似ていることからサクラと名前を付けたそうだ。
ある日サクラの散歩途中に公園で遊んでる同級生を見かけて、パパは自分も一緒に遊びたくなってしまった。しかしその公園に犬を連れて入ることが禁止されていたため、入り口近くにサクラを繋いでパパだけ公園へ入っていってしまったらしい。
一度家に帰ることも考えたそうだけど、遊ぶ時間が減ってしまうと思ったという。
つい遊びに夢中になってサクラを放っておいたパパ。夕焼けチャイムが鳴り始め、みんなが家に帰る時間になってサクラのことを思い出したパパは繋いだ場所へ行ってみたがそこにサクラの姿はなかった。
泣きながら近所を探してもサクラは見つからず、家に帰っておばあちゃん(パパのママ)に話して交番へ届けたが結局サクラは見つからなかったらしい。
「パパは自分で犬が欲しいと言って飼うことを許してもらったんだ。きちんとお世話するって条件でね」
結果的に遊びが優先して散歩の途中でサクラを置き去りにしてしまった。パパはずっとそのことを後悔し続けたと話してくれた。
「パパは犬が嫌いなんじゃなかったんだね」
パパは罪の意識からサクラ以外の犬は飼わないと決めたそうだ。いつかサクラが帰ってくると信じていつまでも……
「ねえパパ、名前サクラに変えようか? それにちゃんとわたしはお世話するから安心してね」
「いや、名前はチョコだよ。パパのプレゼントだろう? 大好きなチョコを贈ってくれたんだからパパは大切にするよ」
「ええっ! わたしがお世話するんだもん。パパ、わたしにも抱っこさせてよ」
パパはチョコを抱っこしたまま離そうとせず、顔をほころばせて笑っている。
もしかしたら本当にサクラが帰ってきたのかもしれない。時間はかかったけど、何度も何度も生まれ変わってパパを探していたんだ。
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