12人が本棚に入れています
本棚に追加
「こんなときに会うなんて」
ぼんやりとしている世界に聞き覚えのある声が聞こえる。それは彼だ。スケッチブックを持って道端に似顔絵屋と看板を掲げて座ってた。
それはあの公園の原っぱから近いところ。私は気づかない合間に、あたしの好きな場所を目指して歩いてたらしい。
「こんなところに居たんですね。お店に現れないからどうしてかと思ってましたよ」
まだ私だからこんな話し方に彼は驚いているのかいつもの笑顔はない。
「気分悪いんじゃないの? 顔が青いよ」
「化粧か照明なんじゃないですかね?」
やっと微笑みが戻る。でもまだ気分は悪い。
「ちょっとこっちにおいで」
私を捕まえた彼が腕を引いて公園の水道まで歩いた。
「飲みすぎじゃないか。吐いたほうが良い」
そうして彼が私の背中をさすると更に気持ち悪くなって、ケロケロと今日のお酒を吐いてしまった。
ひどくなった顔で、もう化粧も崩れてる。私は顔を手で覆う。
「少しは血色が良くなった。こんな仕事、君には向いてないよ」
「だけど、生きるためには必要なんです。私にはこのくらいしか仕事がないから」
「俺さ、今のバイト先で正式採用を勧められてるんだ。良かったら二人で暮らさないか? 稼ぎはそんなに多くないけど君も普通のパートとかなら暮らせる」
その言葉に心が踊った。私じゃない。あたしの心が喜んでる。
あたしは昔から彼のことが好きだったんだろう。だから彼が憶えてくれてたことがとっても嬉しかった。
「化粧を落としたい」
私はそう言うと水道でバシャバシャと顔を洗う。冷たくてスッとする。もうお酒の気分の悪さもなくなってた。
綺麗に化けていた私が居なくなる。そして残るのはみすぼらしいあたし。でもあたしの姿を見て彼がやっとニコリと笑う。
「やっと君に戻った」
「綺麗な私じゃないことを恨んでも仕方ないぞ。もうあたしだけになるんだから!」
もうあたしは店も私も辞めて全て彼に任せようと思った。これからはあたしで生きる。そして彼に私に化けていることを話そう。彼ならもう気づいているのかもしれないけど。
「望むところだ」
笑いあったけれど、一つの疑問が残る。
「就職したら画家にはなれないんじゃない?」
「だろうね。まあデザイン系の会社だから絵の技術も活かせるよ」
「そんなんで、君は良いわけ? こんなに頑張ったのに、諦めるのかよ?」
絵で暮らすのなんて彼だけじゃない。あたしや、絵が好きな人の夢なんだから。それがもったいない。
「構わない。君が居ればもう夢なんて、どうでも良いんだ」
ひどいことを言う。これには参った。あたしが反対しようとしたのに、この言葉であたしが喜んでる。
「少しくらいは苦労しても良いから、絵は捨てないでね」
「じゃあ、趣味で続けて時には受賞を目指そうか。君も」
またしても素敵な彼の笑顔。あたしはこの人が好き。今は確かに言える。
「わかった。それなら許すけど、それでその笑顔の理由は有るのか?」
和やかに笑っている彼を眺めるとあたしの心は弾んでいる。だけど彼がどうしてそんな表情になるのかは分からない。だから膨れて聞いてみる。
「愛やからね」
彼の顔が笑みから照れになる。それを見るとこっちまで笑ってしまう。これはもう私は現れないだろう。にかやかなあたしばかりになるから。これからの未来画を楽しくも描き笑おうか。
おわり
最初のコメントを投稿しよう!