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店が休みの日は、あたしが生きている。でもそれは積極的ではない。
「あいつみすぼらしいな」
あたしがいるとそんな声がどこからともなく聞こえる気がする。私の時とはかなり違う。そんな言葉、私は聞いたことがないから。
休みのあたしはラフな格好ばかり。ジーンズにシャツにスニーカーとそんなのばかり。化粧なんてしない。そして居るのはいつだって華やかじゃないところばかり。
今日は広い公園の原っぱで座ってる。特にお気に入りの場所。土や草で汚れたって気にしない。地面に直に座ってスケッチブックを広げる。
子供たちが遊んでる向こう側の高いところにレンガ造りの建物がある。それを鉛筆で描いていた。
「次は俺の番だからなー!」
追いかけっこをしている男の子を描く。絵はあたしの唯一の趣味で特技だ。昔は必死になったけど、今はあたしだけが楽しむもの。
イメージと合わなかったら次のページを捲ってさらに描く。もう随分とこんな日々を過ごして長い。誰にも見せない作品集はかなり増えた。
ペンを置いて絵と風景を並べてみる。結構良い出来だと思った。それを見たあたしはくすっと笑う。でもそれは私の微笑みとは違う。
クシャリとしてちょっと癖で首を傾げる。そうして目が細くなる。これがあたしの化けてない姿だ。
「やっぱり、その笑顔懐かしいな」
つい絵に夢中になっていて横に人がいたことなんて全く気付いてなかった。これもあたしだからだろう。私だったらそんなボケっとしている時なんてないのだから。
「驚いた! いつから居たんだよ!」
言葉遣いどころか声のトーンすら私じゃない。
「フラフラしてたら、この前より懐かしい雰囲気の人が居たから声をかけようと思ったのに、あまりに真剣だったからさ」
そう語るのはこの前お店に現れて、私を知らない筈なのに「昔と一緒」と嘯いた彼だ。
「普段のあたしは今だってこんなのなんだよ。ごめんね。理想と現実が違って」
「そのいつだって怒ってるみたいな話し方も懐かしいな。この前の人は違ったのかと悩んでたんだよ」
「あーら、そう。だけど、これがあたし。文句あっか?」
「ありません。久しぶり」
こんな話し方をしているけど、あたしの気分が斜めなんじゃない。これが普段のあたしなんだ。
「そっちはどうしてこんなところに居んだよ?」
「うーん、目的は一緒かな?」
彼の手にもスケッチブックがある。
「三流美大を出て、まだ絵を諦められないのか」
ちょっとため息交じりの言葉。こんなあたしなのに彼はまだ懐かしそうに笑ってる。
「それはお互い様なんじゃないの?」
「あたしはもう趣味でしかない。結果あの時の知り合いは筆を折った人ばっかで、仕事にできた人なんて居ないから勉強も無駄だっただなー」
「それを言うなよ。俺はまだ頑張ってるのに」
あたしたちの実力なんてこんなもの。
「そんな頑張ってる人はこれまでどうしてたんだ?」
なんとなく彼とは話しやすい。休みの化けてないあたしはずっと絵と二人っきり。話し相手なんかいなかったのに、昔に戻ったみたい。
「全国を放浪して絵を描いてた」
「そう言われると聞こえが良いけど。所詮売れなくてバイト生活を続けてたってことか」
「吐き捨てるみたいに言われると、俺でも痛いな。でも事実だけど」
ケラケラとあたしが笑う。こんな楽しいことが好き。私は笑わないから。だからあたしのときはできるだけ笑うようにしてる。それでも今は本当に楽しい。
「悪くないんじゃね? 夢を叶えるのは難しいけど、みんな望んでたんだから。じゃ、頑張りなよ」
いつまでも楽しいところに居てはならない。私が寂しくなるから。
だけど、その時に彼はあたしのことを呼ぶ。
「ちょっと待ってよ。また絵の話、しようよ。久し振りに戻ってこんな話ができるやつは居ないんだ。それに君だって楽しくないか?」
彼のことをちょっと睨む。眉間に皺を寄せ小さなあたしの目で冷たく。それでも彼は笑う。
「しょうがないな。楽しいからまた今度な!」
一応あたしも心が弾んでいたから連絡先を交換する。因みにこれは口外してはならない情報。あたしと私は全く違うから。
「やたら今の君は難しいな」
軽く困っている雰囲気を残しながらも彼はまた笑ってた。あたしだってもう難しいことだってわかってる。私で居ることが苦痛なときもある。化けてないあたしは気楽。今日みたいに風に吹かれて楽しくしているほうが好きなんだ。
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