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あたしたちはそれからもまた公園で会っては楽しく話をしたり、時には並んで絵を描く。でも彼は私のときには現れない。単に彼はお酒が好きじゃないからだろうか。
昔の馴染みとまた楽しく過ごしている。あたしには気になっていることがあった。それは彼がどうして私があたしだと気づいたのかだ。
自分で言うのもなんけど、私とあたしはかなり違う。化粧だけでも同一人物とは思えない。それなのに言葉や印象までもちがうのに。
「ねえ、ちょっとさ。聞いても良いか?」
やっと彼にそれを問いただそうと、あたしはまた一緒に絵を描いてた時に話しかける。
「なんなりと、どうぞ」
彼はまだ真剣にスケッチブックに向かっているが、こんな会話も良くある。
あたしたちは向か会って話すと言うより、同じ方向の景色を眺めて話していることのほうが多い。
「再会したときさ、あたしって直ぐに分かったのか? 化粧で誤魔化せてなかった?」
この言葉を発したら彼はパタンとスケッチブックを閉じた。そしてあたしを見つめる。
なんだかちょっと真剣な瞳だから慣れないあたしは、視線をそらしてしまいそう。私なら気にならないのに。
「俺って、人の顔を憶えらんないんだ。病気って言うほどのことじゃないんだけど、苦手」
そんな病気も良くあると聞いたことが有る。普通の人でもそんな傾向なのだって良くあるみたい。彼がそうなんだと思う。でもそうなら更に疑問だ。
「ん? わかんねえな。なら、尚更じゃないか?」
真っ直ぐに見つめてた彼の顔がクスリと笑い始める。馬鹿にしているのとは全然違う楽しそうな笑み。
「そうなんだよ。今のバイト先でもなんとなくしか人を憶えてない。場所とか服装、人の素振りなんかで判断してる。それなのに昔の知り合いの君は直ぐに気づいたんだ」
前半部分には納得する。店のお客さんでもパリッと品の良い恰好をしている人が町中の普段着だと、客は忘れない私でもわかりにくいときがある。
それでも解せないのは後半。意味不明だ。
「だから、それがわかんねえって言うんだ。どういうことなのか説明しろよ」
すると彼は立ち上がって公園の原っぱに数歩進む。
「んー。どうしてなんだろう。あの化粧の濃い君を見てたら、昔の素朴な君の顔が浮かんだんだ。格好も素振りだって君じゃなかったのに」
「素朴で悪うございます。でも、これがあたしなんだ」
「そう、今の君は素敵だよ」
流石にこんな言葉にはドキッとする。私は聞きなれてるのに、あたしは慣れてないから。
「そんな喜ばせようとしても、意味ないんだからな!」
きっと今のあたしは赤い顔になってるんだろう。とても照れ臭い。
「俺は昔、君が好きだった。そんな人に会えて嬉しかったんだ。そしてまだ好きなんだと思った。付き合ってくれない?」
「なんでこんなあたしを選ぶ? 化粧をしている私じゃなくて」
「だから、こっちの君が好きだから」
こんなことを言われたことなんてあったのだろうか。昔結婚してたときも猫をかぶってた。今の私ほどは化けてない。
それとは違う。今はあたしなんだから。
「もっと良い人いるだろうよ。こんな綺麗でもない口も悪くて、それにバツイチなんだよ」
「まあ、君がバツイチなのは聞いてたよ。それでも構わない。そして君はとても愛らしいよ。言葉だって気を使われないのは、俺は嬉しいんだ」
恐らく常連の社長さんからバツイチと言うのは聞いたのだろう。そのくらいは私も明かしてる。
そして彼に気なんて使ってない。そのくらいはもう学生のときに明かしていたから。
「おかしな人」
「そうかもしれないね。だけど好きなんだ。答えは急がないから考えてくれる?」
「返事は良くないかもしれんぞ!」
あたしはビシッと彼を指差して答えたけど、彼はそれにだって楽しそうに笑う。
この日からあたしはちょっと違ってしまう。ずっと彼のことばかりを考えてる。それは私のときにもそうだ。
普段の私ではない。お客さんと話しているのがとことんつまらない。微笑みさえ消えてる。
良くないことになり、それを考えた私はお酒を吐かないで店から帰る。かなり気分が悪い。やはりあたしじゃないとアルコールは合わないみたい。
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