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鏡に向かっている今のあたしはもう居ない。違う人間に化けている。これはもう私なのだから。
夜の花。そうは言うけどもう三十を超えてスナックくらいしか雇ってくれない。それでも話をするだけの仕事は悪くない。
一つだけ言えるのはあたしならこんな仕事は務まらない。私じゃなければ続いてないだろう。だから今日も違う人間になっている。
「笑いなよ」
時折言われる。普段のあたしなら存分に笑ってる。それでも私は違うんだ。微笑む程度。
「十分おかしいですよ」
これは戦術でもある。おしとやかな雰囲気を好む人だって多い。あえてそれを演じ、化けているんだ。
だけど、始めっからこんなのではなかった。
「居酒屋の姉ちゃんじゃないんだからさ」
まだあたしで仕事をしていた時のこと。それは今はもう居ない先輩から言われた。
「化粧だってもっと凝っても良いんじゃない。愛嬌はあるけど、そんな人を望むのはキャバクラのほうで飲むから」
これはいじめではない。アドバイスだった。疲れているあたしを見て話してくれたこと。
本当に疲れていた。若いころに流れで結婚して、それから離婚。社会に戻った時には世間は冷たくって、あたしなんかにまともな仕事はなかった。
だから選んだ仕事だったのに、それでも向いてないのかと思っていた。先輩はあたしにメイクをしてくれ、私という人格を生み出してくれた。
「やはり若い子とは違って良い雰囲気があるよ。酒を飲むときにはこうでないとな」
常連さんにも私は気に入られている。もちろん今はもう同僚にもあたしは知られてない。
「これからも御贔屓にお願いします」
高級クラブとは違う。でも私はその雰囲気の相手をする。かなり人気だ。
だけど問題だってないわけじゃない。私でいる間はあたしじゃない。お酒は好きだから選んだのに、私には合わないらしい。
飲みすぎると翌日がひどい。だから私は飲むと吐くことを繰り返す。こうでもしないと仕事すら続かない。
そして息苦しい。まるで化粧が仮面みたい。私でいるときは気になってないけど、あたしに戻った時には心の底からほっとする。
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