東京の日々

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「いらっしゃ~っいっ」 やる気の無さそうな小さな声で店主が言ってきた。 味の評判は良いが、平日の午後過ぎでは客は少ないというか、梅雨の 蒸し暑い時期の6月に、お好み焼きを好む人もまた少ないのだろう。 奥に若い2人の男性がいるだけだった。 中はカウンターがあり、4人掛けの席が2つ、奥に2人で座る席が 2つだったので、若者たちと少し離れた席に座った。 ビール瓶の中身の減り具合いからして、長いこと居座っているらしく この時間帯でも店に来れて酒も飲めるなら、大学生だと推測してみた。 「でさあ、バッタリ出くわしたわけだよ。商店街でさ。 おもっきし!寄り添って歩いてるところに!すげえんだよ、 手をつないでたとかじゃないんだよ、腕をからめてベッタリ! こっちは連絡つかなくなって、悩んで、心療内科まで通ってるのに」 聞きたくなくても聞こえてくる恋愛がらみの愚痴が、お好み焼きより 燃え上っている。 アロハシャツに茶髪の男が話していて、耳に数個のピアスをした男が 聞く側になって、うなづいていた。 「食いに来たというより、話したかったという感じだな」 誰にも姿の見えないセキが俺の向かい側に座っている。 俺は豚玉を注文して、小型のボウルの中身を鉄板の上に落とした。
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