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兄は右手に包丁を持ったままだ。
銀色と紅色に輝く包丁を......。
このときに何が起きたのか?
俺は詳細を知らないまま、兄を追いかけてきた。
「兄ちゃん、俺はいけんがよ、こしくれ直らんがちや。
兄ちゃんいてくれんと俺は、いけんがよ。いてくれや。
なあ、兄ちゃん、なんでそんなん?なにしたが?」
俺のほうをみつめた兄が、寂しそうな顔をした。
14歳の兄より年が4つも下である10歳の俺は、自宅も村も。
そして目の前の兄も、すべてが理解できなかった。
「兄ちゃん、なあ、おしえてほしいがちや。
なんで?なんでか言うてくれや!」
「聞きたいか?」
兄の口グセが出た。
兄は言えることは言ってくれるが、言いたくないことは言わない。
そういう頑固さがあった。
言いたくないとき。
言う気がないとき。
兄は必ず『聞きたいか?』と、言ってくるのだ。
「兄ちゃん、それ言うたら絶対、おしえてくれんけん、
もう聞けんって、わかるがよ。
俺、もうわからん、もうずっとわからんが?イヤがよ、そんなん」
「一生、そうして兄ちゃんに甘えてばかりか?こしくれ」
「兄ちゃん、相変わらず口が悪いが、それやめてや」
兄が笑った。
何か言いたそうな顔をしているようにも見えた。
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