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ルーチェの目は順調によくなり、眼帯も完全に外すことができた。もう試そうという気さえしなかったが、両目が開いていても幻術が効きそうにない。客でこっそり試したときは効いたから、力がなくなったわけでも、ここが西洋で文化が違うせいだけではないらしい。ルーチェは特異体質なのか、わからないだけで力が強いのかもしれない。
その日は店が休みで、ルーチェは出かけていて留守だった。陽美乃は歩くのが億劫だからと彼のベッドで眠っていた。本来は夜行性であり、せかせか働く性質を持っていない彼が毎日店を手伝うのはなかなか厳しいものがある。
ビーノは相変わらず女性客に大人気で、もはやルーチェの店になくてはならない存在になりつつある。ビーノでいるとルーチェが弟のようにかわいがってくれるのも悪くはない。歳の話をするなら陽美乃の方が、倍では済まないほど年上なのだが、この関係が気に入ってしまったのだから困ったものだ。
昼近くになって目を覚まし、彼がまだ帰ってきていないことに気付く。朝起きなかったから少しばかり空腹だ。狭いキッチンに行くとテーブルに料理が置いてあった。
『起きられたら食べてね』
そうメモが添えられていた。ルーチェの姿に変化してから、肉をほおばる。冷め切っていたが、いつも通りおいしかった。十分に眠り、一人では退屈だった。そろそろ帰ってこないだろうかと窓を開ける。ちょうどルーチェが大きな荷物を持って帰ってくるのが見えた。階段を下りて、普段の出入りに使っている裏口を開ける。陽美乃に気付いたルーチェは嬉しそうに笑った。
「ありがと、ビーノ。君にお土産だよ」
「ボクに?」
おずおずと問い返すとルーチェはにこにこ笑って二階に戻るように促した。その大きな荷物がそうなのだろうか。ルーチェは二階につくと、その大きな荷物を床に置いた。丸く、ちょうど狐の姿の陽美乃であればすっぽり収まりそうな大きさだ。
「開けてみて、ヒビノ」
促されるまま包みを開けると中から出てきたのは大きなクッションだった。肌触りがよく、ふかふかしている。
「ずっと一緒のベッドに寝てるけど、寝床にどうかと思って……君のおかげで手術もできたし、お給料は受け取ってくれないから、少しくらいお返ししたくて……」
陽美乃は狐の姿に戻ってクッションの上にくるりと丸くなる。肌触りもよく、寝心地もいい。
「ふむ、悪くない。気に入った。ありがとう、ルーチェ。だが、賃金は飯を食わせてくれればそれでよいと言うたであろう?」
「そうだけど、気持ちだよ! 君のおかげで生活にかなり余裕ができたんだ」
陽美乃は喉の奥でくふと笑う。
「妖狐を懐かせてなにをしようというのだか」
ルーチェが珍しく考えるそぶりを見せた。ただ人がいいだけで養ってくれていると思っていたが、違ったのだろうか。
「もふもふ? いや、でもビーノの時は働いてもらってるし……でも、一番はもふもふ……」
陽美乃は思わず声を上げて笑う。ルーチェに裏があるかもしれないと思ったこと自体が間違いだ。
「しょうのない男じゃ」
すりと頬を寄せるとルーチェは嬉しそうに笑って撫でてくれた。ルーチェのことが気に入ったとそろそろ認めてもいいかもしれない。
「ねぇ、ヒビノ、好きだよ」
「そうさなぁ……わしもぬしが好きかもしれんなぁ……」
ぎゅっと抱きしめられるとうれしくて胸の奥がほっこりとあたたかくなった。陽美乃はぬくぬくと暮らすうち、己が逃れてきた身だと忘れかけていた。
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