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おん返し
ある夜、陽美乃ははっと目を覚ました。忘れたくても忘れられない禍々しい気配に身体が震える。まがりなりにも人間の家に住んでいる今は踏み込まれないとわかっていても震えが止まらない。陽美乃は思わずルーチェのベッドに潜り込む。
「ん、どしたの……甘えんぼだなぁ……」
彼は寝ぼけただけだったのか、そのまま眠りに落ちてしまった。妖狐だ、九尾だといっても、あまりにも不甲斐ない。あの日の恐怖がどうしても忘れられない。
一年前、陽美乃はこの気配の主に散々もてあそばれ、ほうほうの体でここまで逃げてきたのだ。そうでなければ狐の姿のままルーチェに拾われることなどなかっただろう。
陽美乃は九尾の狐だ。以前は悪さもした。当然恨みも買っていたが、彼自身の身の内にくすぶる怒りと恨み、妖狐の性がそうさせるものと気にしていなかった。だが、あの日、襲撃され、責め立てられて己がどれほど罪深いことをしたか思い知った。けれど、彼には償いの方法などわからなかった。死んで詫びろと脅されて、命からがら逃げ伸びた。
以来、陽美乃には以前の半分も力がない。再び対峙して勝ち目があるはずがない。なのに、ついにここまで追ってきた。
人のいいルーチェを傷つけないためにも出ていった方がいいことはわかっている。悪行の限りを尽くしていた過去を知られたくもない。ここにいてもむざむざ殺されるだけだ。早く逃げなければ、そう思うほどに足が震える。死にたくない。
ルーチェの腕の中で震えているうちに気配が遠ざかり、消えた。思わずほっと息をついたことに彼は恥ずかしくなり、目を閉じる。九尾ともあろうものが情けない。そう思ってももう力の弱くなった彼には選択肢がほとんど残されていなかった。
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