金閣寺は買えませーーん!

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金閣寺は買えませーーん!

「買えませーーん!」 妻が大声で叫んでいる。 ビデオを再生して、それに合わせて叫んでいるのだ。 『金閣寺は』 「買えませーーん!」 『銀閣寺も』 「買えませーーん!」 正確に表現すると、こうである。 なぜこうなったかを説明しよう。 ** 「こんにちは! 私の名前は〇〇です」 妻が自己紹介の練習をしている。 自己紹介の文章を作ったから、ビデオを撮る準備をしているのだ。 うちの妻は外国人向けの日本語講師をすることにした。 「1回やってみたかってん」とのことだ。 私も誘われたけど、さすがに時間が無いから断った。 日本語講師になるために、ウェブ面接を通過し、サイトに登録できるようになったのが4日前。 3日前に掲載用の写真を(私が)撮った。 家の中を歩きながらポーズをとる妻。撮影する私。 「ここから撮ったら、デコがテカるなー」 「ここは影ができるから、オバチャンに見える」 「逆光で顔が暗いなー」 何十枚も撮影した。 奇跡の一枚は撮れなかったけど「まぁ、これでええか」と許してもらった。 そして2日前。 妻は自己紹介を考えていた。 「これ、どう思う?」と言いながら妻は自己紹介文を私に見せた。 -------------------------- こんにちは、私の名前は〇〇です。 東京に住んでいます。 私の趣味はヨガと旅行です。 <以下略> -------------------------- 私は読んで、こう思った。 ――日本語を勉強する外国人がヨガと旅行の話をしたいだろうか? 私が想像する日本語を勉強する外国人は、こんな感じだ。 ①日本支社に転勤することになった外国人 ②日本に住み始めたけど日本語が話せない外国人 ③日本に出稼ぎに行こうと思っている外国人 ④日本の文化が好きだから日本語を勉強したい外国人 このうち①~③は仕事関係で日本語が必要な人だ。 日本人が英語を勉強するのも仕事で必要だから……だと思う。 外国人が日本語を勉強するのも仕事で必要だから。 最後の④は日本の歴史、アニメなどが好きな人たちだ。 そう考えた私は妻に自己紹介文の変更を提案した。 -------------------------- こんにちは、私の名前は〇〇です。 私は日本の不動産鑑定士です。 日本の不動産に興味がある人は質問してください。 私の趣味は書道です。 漢字の書き方を知りたい人、一緒に習字をしませんか? <以下略> -------------------------- 「こういうのはどう?」 妻は眉間にしわを作り、考えている。 「不動産の細かいこと聞かれてもなー」 妻は不動産をアピールするのが嫌なようだ。 基本的に妻は自信がない。ウジウジした性格だ。 不動産に関して質問されて、答えられないのが嫌なのだ。 でも、私は「不動産」に需要があると思っている。 なぜなら、私が外国に行くときは必ず不動産を調べるからだ。 「そんな細かいことを聞いてこーへんと思うで」と妻に説明する私。 「例えば、どんなこと聞かれる?」 私は外国人(不動産のプロじゃない)に聞かれたことのある質問を妻に紹介することにした。 「そーやなー。『金閣寺を買いたいんやけど、どこで買える?』とか」 「買えへんやん!」 「買えへんで。でもな、京都を観光した外国人の中には『金閣寺ほしいわー』って奴がいんねん」 「へー、他には?」 「えぇっと、『富士山が見える湯布院のコンドない?』とか」 ※湯布院町は大分県のほぼ中央に位置する町です。 コンド(Condo)とはコンドミニアムの略です。マンションはハリウッドスターの大豪邸のような戸建てなので、日本の区分所有建物はコンドが正しいです。 「湯布院から富士山見えへんやん!」 「見えへんで。アイツら、土地勘ないからなー」 「まぁ、それくらいの質問なら答えられるかな……」 妻は自信を取り戻したようだ。 「不動産……どうしよっかな?」 私は「試しに不動産メインで喋ってみよか?」と妻に提案した。 参考として、不動産メインで私が自己紹介をしてみよう、ということだ。 「ええで。今から撮るから、何か喋ってみ」 “ピロン” 録画ボタンが押された。 私は妻が持つスマホに向かって話し出す。 「みなさーん、こんにちはーーー 私の名前は〇〇(妻の名前)です。 皆さんは、不動産が好きですかーーー? そんな不動産好きの皆さんに、私から質問です。 金閣寺を買いたい人はいますかーーー? 残念! 金閣寺はーー 買えませーーん! 銀閣寺は買えますかーーー? 残念! 銀閣寺もーー 買えませーーん! 日本の不動産で分からないことがあれば、私に質問して下さい!」 “ピロン” 録画が終わった。 「あんた、詐欺師みたいやなー」 「ええやん。分かり易いやろ?」 妻はそのビデオが気に入ったのか、それから度々再生している。 『金閣寺は』 「買えませーーん!」 『銀閣寺も』 「買えませーーん!」 私の「金閣寺は」、「銀閣寺も」に合わせて「買えませーーん!」と叫ぶ妻。 もう、何がしたいのか分からない。 ――そんなことより、はよ、自分のビデオ撮れよ そんなこんなで妻のビデオの撮影には時間が掛かりそうだ。 少なくとも2~3日、いや、1週間は掛かる。 はたして、妻は日本語講師としてレッスンを開始することができるのか? <つづく>
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