追放令嬢の隣国の農家で愛を知る

3/4
38人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 そして二年という月日が経って、春を迎えたある日。それは突然現れた。  私宛に、実家に帰ってくるようにという手紙が書かれていたのだ。父が倒れてしまったのだという。遺産をだれが継ぐかを話し合うため、私にも来るようにと。  今更なんだというのだ。公爵家の言いなりになって勘当したくせに……。私は怒りで手紙を破り捨てそうになったが、そこには公爵からの命令も記載されていた。どうせ、私を呼んで、適当に罪を着せて捕まえ、遺産も奪い取る気だ。でも今平民となった私には逆らう事なんてできない。  私はやはり逃げられないのか、そう思って、テーブル席でうつむいていると、農作業から帰ってきたシンが現れた。 「どうしたんだい、アヴェリー」 「……私、あなたとお別れしなきゃいけないかもしれない」  私はシンにすべてを告げた。シンは黙ったままそれを真剣な表情で聞いてくれた。そして私にこう言った。 「わかった。それなら私も行こう。何か力になれるかもしれない」  その一言は心強いとともに、彼を巻き込んでしまったことへの罪悪感で私の心がいっぱいになってしまった。  乗合馬車で私とシンは、私の故郷へとやってきた。なんだかどんよりとした空気に包まれていて、あまり長居したいとは思えない。それが父の死からなのか、それとも領土全体の空気からなのか……それはわからなかった。 「あの丘の上の屋敷がそうなんだけれども……なんだか朽ち果てているような」  私はシンにかつての実家を指さした。その先には、ところどころ石やレンガが崩れている廃墟のような屋敷があった。ここまでくると、私でも心配になってきてしまう。どうしてこんなことに。 「……屋敷に行く前に、少し町の人に様子を聞いてみよう」  シンはそう言った。私も同じ考えだった。この町で、領土で何があったのか突き止めなければいけないと思ったからだ。 「ちょうど、私が昔お世話になった人の家があるの。そっちに行ってみましょう」  私はそう言って、シンと一緒にお婆と呼んでいた人の家を訪れようと思った。しかし、そこには家すらなく、荒れ果てた土地だけが残っていた。 「これは……」 「あれ、あんた……あなた、アヴェリー様じゃないか!」  と、通りすがりの男性が私に声を掛けてくる。男性には見覚えがあった。確か、屋敷で雇われていた執事で、私に計算や帳簿のつけ方を教えてくれた人だ。名前はスルンだったはず。 「スルン?」 「そうです! お久しぶりです……そちらの男性の方は?」 「シンと申します。再会のところ申し訳ございませんが、この町は一体どうなされたのですか?」 「どうもこうも……ひどい話です。税金は重くなる一方で、側近はセリス様の機嫌次第で辞めさせられる。私もこのような状態になることを案じて意見を申したのですが、それが怒りに触れてしまい……」 「そんな、ひどい……」  真っ先に私にやってきたのは怒りだった。そんなにひどい政治をしていただなんて、許せるはずもなかった。しかし、今の私には力がない。どうしようもなかった。だからこそ悔しい。悔しくて、握りこぶしを作ってしまう。 「……アヴェリー様、屋敷に戻られるなら気を付けたほうが良い。あそこにはセリス様とイリヴェス公爵がすでにいます」 「わかっている……覚悟の上で来たのよ。大丈夫、みんなを何とか救って見せるわ」 「……本当にお強くなられた。シンさんと申しましたか、どうか、お嬢様をよろしくお願いいたします」  そういって、スルンはシンの手を握った。シンもその手を握り返し、うんと力強く頷いて見せた。  そして私たちは屋敷に向かい、使用人に招かれて中へ入った。使用人もなんだか疲れ切っているような状態だったけれど……本当にここは……私の実家だった場所なの?  父の寝室に入ると、そこにはすでにイリヴェス公爵とセリス、そしてやつれ切った母の姿があった。父の姿はなかった。 「なによ、遅いわね」  セリスが開口一番に文句を言ってくる。私は彼女をにらみつけながら部屋に入っていった。 「いやぁ、残念なことについ先日セリスの父上が亡くなってしまった。遺産についての遺書は残されていないが、私たちが受け取るということでいいかな?」  イリヴェス公爵は自分こそが正しいと言わんばかりに仕切り始める。私は食いつこうとしたけれど、それを制したのは他でもないシンだった。シンは一歩前に出ると、普段は見せないような鋭い眼光でイリヴェス公爵をにらみつける。 「遺産よりも何よりも、まずは亡くなられたお父君を悼むことが先決だろう」 「何を平民が偉そうなことを言う。口を慎みたまえ、下郎が」 「下郎。そう、下郎なら、ここにいるな。自分の財産も危うい状況で、このような状況の領地からも金をむしり取ろうとするものが一人」 「……なんなんだ、貴様っ! 不敬だぞ!」  イリヴェス公爵が怒りで顔を真っ赤にして、シンにつかみかかろうとする。確かに、彼の態度のそれは貴族に対するものではなかった。どういうことなのか、私が困惑していると、シンは不意に私にだけ笑みを浮かべつつ、イリヴェス公爵がつかみかかった腕をつかみ、それを組み伏せる。 「ぐああ!」 「イリヴェス様! 誰か、この不届き者を捕まえなさい!」  セリスがわざとらしい言葉使いで外の兵士を呼ぼうとする。しかしシンは何も言わなかった。兵士たちがやってきたところで、シンは立ち上がり、彼らをにらみつける。 「な、なんだ貴様……」 「ちょっと待て、俺、この人見たことが……」  兵士の一人がそういうと、ほかの兵士たちもざわめきだした。どういうことなの? シンは何者なの? 私が混乱している中、シンは袖を破り捨てる。肩のところに赤く光る紋章があった。あれは王家にのみ受け継がれた水龍の紋章だった。 「水龍の紋章……!? も、もしやお前は、いやあなたはシンヴェスター王子!?」  セリス以外がどよめき始めた。私も呆然と立っているだけだったけれど、すぐにハッと我に返る。 「シン、あなた……」 「今まで隠していてすまなかった。今はこの場を収めるとしよう」  シンは申し訳なさそうに私を見る。そんな目で見ないでよ……私もどうしたらいいかわからないじゃない。 「さて、イリヴェス公爵」 「ひっ……は、ははっ」 「お前はこの地や自分の領地の税金を不当に重くし、民衆を苦しめた。しかも、その税金を私腹を肥やすために使っていたというが、本当か?」 「め、めっそうもございません。そのようなことは……」 「ならば……」  シンが指を鳴らすと、部屋の外から執事の格好をした男がやってきた。見覚えがあると思ったら、それは私が席を外されてシンと話していた男だった。その男は見覚えのある帳簿の束を持ってきた。それは、私が公爵家にいたときにつけていたものだった。 「このアヴェリー嬢が昼夜問わずにつけていた帳簿と、提出されているものを比べて調べてみるとしよう。もしも公爵の言い分が正しければ一致するはずだが……」 「あ、あああ……その、それは……」 「何よ! あんた、いきなり失礼よ! 王子だなんて騙ってさ! 誰かこの男を捕えなさい! 私が命令しているのよ!」  困窮するイリヴェス公爵に対して、セリスは苛立ったような表情を浮かべながら辺りに叫び散らす。本当に、無知なのね、あなたは……。 「王子に対する不敬! それにイリヴェス公爵をアヴェリー殿から寝取り、そのアヴェリーに罪を擦り付け自分の思うがままに財産を使い果たす欲望! 自分の思う通りにならなければ有能な人物も遠ざける無能さ! まったくもって救いがたし! 公爵ともども、そなたたちには刑を処す! それまで領地でおとなしくすることだ!」  執事の男はセリスに怒鳴りつけるように言った。セリスは涙ぐみながら、「何よ、何よ」とつぶやくだけだった。そしてこちらを見ると、私に抱き着いてきた。 「お義姉さま! 私が悪かったわ! だから許してちょうだい! またやり直しましょう? ね?」  苦し紛れの言葉だと言うことが、今だったらはっきりとわかる。私は妹を自分から放し、イリヴェス公爵のほうへと突き飛ばした。 「……もう私にはかかわりのないことですから。失礼します」  私はその場から出て行った。そのあとをシンが追いかけてくる。 「アヴェリー!」 「シンヴェスター王子、今までずっと黙っていたのはこのためだったんですね」 「……ああ、そうだ! イリヴェス公爵が起こしていた不正をはっきりさせるためだ!」 「それで私に近づいたんですね!」 「それは違う!」 「どこが違うんですか!」  私が振り向いたとき、唇に熱いものを感じた。キスをされているのだという事に気づいたのは一拍子遅れてから。私は思わずシンを突き放してしまう。シンは突き放されても、私の体を抱き寄せた。 「あなたが私の元へ来たとき、一目惚れしたんだ! 世界に君のような人がいるとは思わなかった! だから!」 「……本当ですね?」 「紋章などではない、私の命と誇りに誓って」  その言葉を遮るように、今度は私がキスをした。今度はお返しだと思って、今まで黙っていた分もずっと。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!