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ただその中で一つだけ絆理に言えないでいる事がある。
騙しているようで心苦しくて、すぐにでも話さないとと思うのに口を開くと違う話題にすり替わっている。
言わなきゃ。サッと言ってしまえばいいんだ。そう思うのに、いざ話す段階になると言葉が出て来なくなる。
でもそれじゃダメだよな。
本当の恋人って言えないよな。
真っ直ぐ俺の目を見て「好きだ」と伝えてくれた絆理の顔を俺も同じように見つめ返したい。
同じような熱量で「俺も好きだ」と伝えたい。
「うん。隠し事(?)があっちゃマズイよな、やっぱり。曲りなりにも俺と絆理は恋人同士な訳だし。正直に言えば笑って済む話だもんな。こんな風に延ばし延ばしにしたから気まずいだけでそんな大事じゃないもんな、実際…。」
ぶつぶつ、ぶつぶつ、と独り言を漏らしながら俺は狭い部屋の中をウロウロと歩き回った。
酷く落ち着かない行動は無意識の物で、冷蔵庫の扉を開けたままピーピーと鳴る電子音を何度も聞いた。
それは時間の決められたストップウォッチの音のようで俺の焦りを引き起こしたけれど。今からこの部屋にやってくる恋人にちゃんと告白するそのシチュエーションを頭に思い浮かべながら、俺は慌てて冷蔵庫の扉を閉めた。
***
「お、お疲れ。」
ピンポンとチャイムを鳴らすより先に『着いたよ』のスマホへのメッセージを見て一生がドアを開けてくれた。
それってスタンバって待ってたって事だよな。と嬉しくなったけれど顔には出さずにドアをくぐる。
一生は既に風呂に入った後のようで、俺がいないとタオルで大雑把に拭くだけの髪はまだ水気を存分に残して濡れていた。すぐにでも髪の毛を拭いてやりたくなって困る。
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