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「………ぅん……。」
同意のような、そうではないようなそんな曖昧なニュアンスの音が俺の口から出ていった。それでも男は嬉しそうに笑うと俺に優しく唇を寄せた。
「いっせい…いっせい…。」
何度も何度もキスを繰り返している内にまた興奮してきたのか男が何度も俺を呼ぶ。
そう、何度も、何度も。
。
俺はまた瞳を閉じて力無く男の腕に手を添えた……。
瞳の奥に暗い陰りが生まれる事に気付かれないように――――
+++ ++
俺が絆理と付き合うようになって半年が経つ。同じ会社の同僚で部署さえ違えど同期の、それも男と付き合うなんて思ってもいなかった。
とはいってもこれまでの人生、惹かれる異性に巡り合った事はなく、同性であろうとトキめいたのは絆理ただ一人なのだけれど。
アプローチしてきたのは絆理の方で、たまたま乗り合わせたエレベーターの中で声を掛けられた。
「あ、佐々木だよな。俺たち同期だろ。オリエンテーション一緒だったの覚えてる?」
「あ、ああ……。」
覚えていた。
それはもう。何故って絆理は目立っていたから。
代表の挨拶も任されていたし、何よりそのイケメンオーラは周囲の視線を鷲掴みにしていたから。
爽やかに笑い、よく気が付き、そのくせ鼻にかける態度も見せない。
誰にでも平等に話しかけ、気さくで頭の回転も良い。
俺が絆理を見ていて思った事は
『すげぇなアイツ。俺とは別世界の人種って感じ。』
『近づいたら周りからの視線がやべぇ。君子危うきに近寄らずってやつだな。』
という何とも卑屈で消極的な思いだった。
まぁ、だからこそオリエンテーション中はひっそりと壁際ポジを確保していたし、目立つことは極力避け、無難に黙々と研修を終えたのだけれど。
絆理の事は幾度となく視界に入っていたけれど、それでも目が合う事はなかった。
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