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ニッコリ笑った絆理のオーラが怖くて俺はオズオズと申請用紙を差し出した。
ここまで来て往生際が悪いと言われるけれど、俺としてはもう少し心を落ち着かせた状態で伝えたい事でもあった。
ウジウジと迷って用紙から中々指を離さない俺に絆理の機嫌が悪くなっていくのが分かったけれど、それでもやっぱり絆理の反応が怖くて最後の一歩が踏み出せない。
「ほら、早く離せって。」
口調も荒く俺へ指示する絆理の姿もついぞ見ないものだった。
「で、でもっ、もしかしたら、間違えちゃったかも、知れないから。」
「はぁ?そんな訳ないだろう。お前の事だ、一字一句間違えないように確認に確認しながら書いたに決まってる。」
「ん、そ、そう?」
名残惜し気に指を離す。カサリと音を立てて俺の指から離れていった用紙は軽やかに絆理の手元に納まった。
絆理の目線が紙の上を走る。
その数秒がとてつもなく長く感じた。
険しくなる絆理の表情を見たくなくて、ずっと下を向いていた。
絆理は何も言わない。
俺も何も言えない。
そうして、もう目を通し終わっているだろうに、絆理が何も言わない事がもしかして彼の返事なのではないか、と思った。
詰られたらどうしよう、とか。
揶揄われたらどうしよう、とか。
色々思っていたけれど、心の底では絆理が心変わりするなんて思っていなかった。
あんなに俺へ愛情を注いでくれていた絆理の気持ちがあっさり変わってしまうだなんて思ってなかった。
何があっても俺への気持ちは変わらない、と豪語していたはずなのに。
あんな些細な事で簡単に変わってしまう位軽いものだったのか、とショックを受けた。
それでも隠していたのは自分だ。
絆理が悪いんじゃない。
そう分かっているはずなのに涙が滲んでくる。
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