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俺の中ではあの書類さえ見せれば全部暴かれて、俺が何か言うより先にお沙汰が下るとまで思っていたのに。
まさか気付かないなんて。そんな展開考えてなかった。
(このまま何も言わなくてもいいじゃん。絆理が気付いてないって事を指摘する必要ある?それで雰囲気悪くなるよりこのままスルーした方がお互いの為じゃん)
心の中の悪魔がそう囁く。
それはとても魅力的な囁きでグラグラと俺の良心が揺れまくる。
(でもさ、お前決心しただろ。絆理の顔見てちゃんと気持ちを伝えたいって。それにはちゃんと間違いを正さないとダメだって。)
必死に抵抗していた良心の言葉は俺の胸に刺さる。
そうだ、パートナーとして求めてくれたなら、その信頼に値する人間にならないといけないんだ。
俺が誤魔化して絆理の傍にいたら、それは絆理からの信頼に応えた事にはならないだろう。
そう、真実のパートナーとは言えない。
俺は目の前で嬉しそうに微笑んでいる絆理に視線を合わせた。
「絆理、聞いて。もう一度、この申請用紙を見て欲しい。」
「ああ、いいよ。何度見ても嬉しいし。」
へらへらと笑う絆理の言葉に俺は返事をせずに問題の場所を指し示す。
「これ、見て。ちゃんと読んでみて。」
「え?お前の名前じゃん。今更だろ。読むの?え、ほんとに?……えと、『ささきかずお』だろ。」
「…………。」
「え?一生、どうした?俺ちゃんと読んだぞ。第一フリガナ振ってあるんだから間違いようがないだろ。」
「……ど、」
「ど?」
「………どうして?」
「ん?」
「どうして!!ちゃんと読めてるじゃんっ。何で何も言わないんだよっ。」
「え?な、何が?」
「だからっ。俺の名前っ。『いっせい』じゃないのっ。『かずお』、『かずお』っていうんだよっ。『いっせい』なんて格好いい名前じゃないんだよっ。なのに、どうしてお前は『いっせい』って呼ぶんだよ…。」
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