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常に人の輪の中心にいた絆理と話す事は一度もなく、すんなり終わったオリエンテーションの後配属された先はもちろん同じ部署ではなかった。
だから絆理が俺の名前を知っている事に驚いたし、俺に話掛けてきた事にも驚いた。
そう、何と言っていいのか分からなくなるぐらいには。
そんな俺の驚きと思わず引いた腰の動きに、瞬時に頭の中で計算立ててその後のアプローチ法を考えた、と付き合う事になってから聞いた。
そんなに俺の事好きだったの?と本気で驚いて、向けられた照れた顔に俺のハートはずきゅんと鳴った。
清水の舞台から飛び降りる気持ちでお付き合いをOKした俺だったけれど、恋人という関係になってからは舞台から飛び降りて転がった先に開いていた穴に真っ逆さまに落ちるように絆理の事を好きになった。
初めて恋した人が自分の事を好きだと言ってくれるその幸運に俺はひたすら酔った。
キスもSEXも絆理が初めてだった俺に、一つ一つ教え込む絆理の顔は目も当てられない程のニヤケ顔で、普段の優し気な顔がさらに俺を優しく見つめてくれた。
俺は有頂天でこの世の春を迎えていて。
絆理と付き合える自分の幸運を神に感謝した。無神論者なのに。
そんな浮かれポンチな気持ちでいたから。
だからこんな事になったんだ。
あの時、すぐに間違いを指摘していたら、今こんなに苦しい思いはしていないのに。
あの時、俺が素直な気持ちでいたら、今こんな切ない思いを抱くことはなかったのに。
そう後悔しても仕方ない。
だってこれが現実で。
今、この瞬間も、俺が絆理を騙している事に変わりはないのだから…。
「一生……。何考えてる?」
「ん……きょ、今日の夕飯の事。俺、お腹空いちゃったよ。」
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