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絆理が気だるげな仕草で髪を掻き上げながら俺の顔を覗き込む。一瞬その姿にポーっとなってしまって慌てて誤魔化す俺のイイワケに、絆理は一瞬目を眇めてすぐに破顔した。
「たくさん運動したもんな。分かってるって、一生の好きな物作ってやるからな。」
料理も出来る俺の恋人はそう言ってベッドから立ち上がる。
するりと流れるシーツから現れた均整のとれた身体は眩しい程で。俺は目に毒だとでも言うように瞼を伏せた。
「いっせい?」
「う、うん…。ありがと、絆理。」
「好きだよ、一生…。」
優しい口づけを受けながら、俺は心の中で軋む音にまたも蓋をした。
***
「一生……。何考えてる?」
そう問いかけた俺の言葉に、一瞬間を置いて一生が答える。
単純に俺の顔に見惚れていた、と言えなくもない惚けた表情ではあるけれど。きっとそれだけじゃない何かを感じる。
俯かれた事で見える一生の可愛いつむじにモヤっとした気持ちが生まれるけれどそこはまだスルー。
偶然見かけたエレベーターで俺の方から声を掛けた。
その驚いた顔が凄く可愛くて俺は二度目の恋に落ちた。
きっかけは単純だった。
一生はあのエレベーターが初コンタクトだと思っているようだけれど俺が一生を見つけたのはもっとずっと前だ。
入社後すぐあった短期のオリエンテーション。
俺が落としたハンカチを至極真面目な顔をして見つめていた一生の姿を見かけた。
ああ、それ俺の。と軽く声を掛けるつもりだったのに、緊張した顔つきの一生の様子に何となく声が掛けずらくて俺は上げかけた手を降ろした。
何故かハンカチを持ったまま立ち止まっていた一生は、暫くして近くにあった柵に近づいた。
ああ、そこに置いていってくれたら楽かな。
彼が去った後に回収すればいいか、なんて思っていた俺は何も言わずにその様子を眺めていた。
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