人魚に愛された青年

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「人魚って自分の鱗を人にあげるんだろ? ならいいじゃねーか」 「彼らは誰にでも渡すわけではないんです。ご理解ください」  横柄な態度の男性をスタッフが何とかなだめようとしていた。  その様子を人魚が鬱陶しそうに眺めている。美しい黄緑の瞳が冷えた色を浮かべていた。 「何? 揉め事?」と後ろからひそひそと話す声が聞こえる。  蒼寿は息を吸い込んで、遠くへ声を投げた。 「すみません、後ろ詰まってるんですけど」  荒々しく話していた男性が、不意を突かれたような顔でこっちを見た。  スタッフ以外から何か言われるとは思っていなかったようだ。小さく驚いている。 「みんな暑い中待ってるの疲れるんですけどー」  隣の詠士がわざと疲れ切った声を発した。それをきっかけに、後ろのほうから「早く交代しろよ」「待ってんの暑ーい」といった声がした。  男性が居心地悪そうに舌打ちをする。「もういいよ」と吐き捨てるように言って知り合いたちと去っていった。  スタッフが蒼寿たちや後ろに並んでいる人々に頭を下げて回る。  スタッフに対して蒼寿は「勝手なことしてすみません」と頭を下げ、後ろの人達は「災難っすね」「あんな無茶相手にするの大変ですね」などの声をかけていた。  男性の人魚と一緒にいるスタッフが、このまま続けて大丈夫か確認をとっている。彼は小さく頷くと、視線で指し示すようにこっちを見た。  黄緑色の瞳と視線が交わった瞬間、胸がドキッとした。 「お待たせしてしまいすみません」と謝ってくるスタッフに、男性の人魚の前へ誘導される。  近くで見るとさらに美しく、そして大きかった。全長は二メートル三十センチくらいだろうか。下半身が黄緑色の鱗で覆われ、瞳、睫毛、髪の毛も同じ色だ。上半身は筋肉がついていて、盛り上がった胸筋、割れた腹筋など、彫刻のような体つきをしている。  男性というよりも雄としての美を感じさせる彼の近くにいると、勝手に耳が熱を持って落ち着かなかった。  人魚の瞳はずっと蒼寿を追っていた。近くに誘導された蒼寿の服をつかんで、軽く引いた。 「え?」  驚きながら人魚の顔を見る。彼は服を引っ張った手で海を指すと、何かを言った。  低くて落ち着いた声だ。もっと聞いていたいと思わせる声だった。  使用している言語が違うため、何を言われたのかわからなくて固まっていると、スタッフの弾んだ声が聞こえた。 「ウィードさんが誰かと泳ぎたいなんて初めてですね」  ウィードと呼ばれた人魚が、意思を伝えてくれといったふうにスタッフと蒼寿を交互に見る。 「人魚に気に入られた方は一緒に泳げるサービスをやってるんです。このウィードさんはずっと誰とも泳がなかったんですけど、お兄さん気に入られたみたいですね。どうですか? 写真撮影が終わってからなんで一時間後とかになっちゃいますけど、一緒に泳いでみませんか?」
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