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奇妙な空間
持ってきた本を、バッグから取り出した。
カフェで読書をするのが習慣になっていた。
最近は図書館のようになっていて、購入した本を読めるカフェが増えている。
元々読書好きなルイは、インターネットで気分にあった本を買ってきていた。
真っ赤な表紙に「ダンシング・ハード」とダイナミックにはみ出して大きく書かれていた。
ヒューマンドラマを好むルイは、一瞬ためらったがテーブルの角に乗せて少し斜めにして開いた。
「こんな本買ったかな」
少し眉間に皺を寄せ、頬をポリポリと搔いた。
読み始めると、今の気分にぴったりの青春ドラマが展開されていた。
次にどうなるのか。
続きがたまらなく気になって、あっという間に半分以上読んでしまった。
一息つきながら、冷めたコーヒーをグイッと飲んだ。
バターが香ばしかったトーストも、冷えてシナッと湿気を含んでしまった。
夢中で読んでしまったのは、大きめのバスが聞いたダンスミュージックのせいかも知れない。
会員登録して少しだけ通ったジムのエアロビでかかっていた曲だった。
長続きしなくて退会してしまったけれど。
鼓動が早くなって、手が少し汗ばんでいる。
皿とカップを空にすると、店員の女性がやってきた。
「あの、いつもこんなに大音量で音楽をかけているのですか」
口角を少し上げ、ちょこんと首をかしげるようにしたその女性はカップを手に取りながら言った。
「ご心配いりませんよ。
このブースだけ音楽をかけていますから」
まっすぐに視線を向けられて、少々恥ずかしい気分になった。
さも当然、と言われると当たり前のことを聞いてしまったと後悔した。
慣れた手つきで片手でカップソーサーと小皿を運んで行ってしまうと、頭の中に残った言葉を反芻してみる。
このブースだけ、ということは ───
立ち上がって席から出ると、ピタリと音が止んでしまった。
もう一度椅子の上にかがむ。
すると大音響が鼓膜を叩く。
身体を起こすとまた静寂。
目を丸くして、何度か繰り返すとまた恥ずかしさがこみ上げてきた。
そしてトイレに立った、という風に少し胸をはって奥へと歩いて行った。
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