1人が本棚に入れています
本棚に追加
目覚ましが鳴り、高梨は大きくあくびをしながらベッドから起き上がった。
「あれから、どれほど寝たんだろう?」
眠気眼で目覚まし時計を見た途端、高梨から「ひょっ!」と、奇声が漏れた。就寝してからちょうど半年が経過している。
「そんなに!」目を丸くして、慌てて自分の腕を眺めて、再び高梨は奇声を発した。ひとまわり腕が細くなっているのに気がついたのだ。
腹を触ると、だいぶポッコリしているのがわかって、「またジムに通わなくちゃな」と、彼は頭を掻いた。女房に食事制限がどうのと説教される場面が頭に浮んだのだ。
「自分はデブってるくせに、こん畜生……」
この時代、国際条約で戦争は資源の無駄になるので、兵器は使わず、各国が開発したAIが仮想現実で代理戦争をやることになっている。
そのあいだ国民は戦争が終るまで国が用意したシェルターで自動冬眠するのが常識だ。仮想空間の中で戦うから、べつに人間が生活を停止しなくてもいいようなものだが、現実世界で暴動が起きる可能性があるのと、戦況によっては国際条約を破り、現実に武器を使う国があるかもしれない――その防止策だった。
経済活動はロボットが行うので、まったくストップしてしまうことはないが、やはり人間がいないとプレゼンや営業面でどうしても出遅れてしまう。よってGDPなどで国のランクが下落するのは避けられない。よって、戦争と言っても互いの損益を考えれば、どんなに長くても一年が限度と考えられていた。
高梨は頭を搔きながら、冬眠カプセルの中でつぶやいた。
「まさか負けじゃないよな、国籍が変わるなんて、ごめんだぜ」
最悪、負けた国家は問答無用に消滅して、その国民は勝った国のいわば《戦利品》として、労働と納税の義務を背負わなければならない。
《資源》とみなされるのだ。
よって負けた国の国民は悲惨の一言。
基本的人権は認められるのが建前だが、そこは敗戦国の悲しさ、労働条件が悪くなり、よほどの能力がなければ契約社員として年金も健康保険もなしに働くことになる。かけた年金はすべて戦勝国が奪ってしまうから0で死ぬまで苦役を背負うことになる。
「頼む! 勝っていてくれよ! すっからかんで働くなんてごめんだぜ!」と、枕もとの液晶画面を眺めたら、母国、勝率52,3%と表示が出ていた。
やや優勢のまま、平和条約を結んだらしい。
これは大本営発表を避けるために、審判となる国連が発表するので信じられる数字だ。
「ああ、よかった」
胸をなでおろし、「さて、女房の顔でも拝むか」と、独り言を言いながら、彼はカプセルの蓋を開けた。
蓋を開けると、隣人はもう目を覚ましており、あいさつしてくる。
「やあ、おはようございます、お久しぶりですな」
高梨は「おはようございます、ええ、まったく」と、会釈した。
隣を振り向くと、女房が寝ているカプセルは、まだ蓋が開いていない。
「おやっ? おい、おい、また朝寝坊か?」
高梨が蓋を叩くと、カプセルの中から、「なによぉ、たまの休みくらい寝かしといてよ」と、女房の寝ぼけた声が中から聞こえてきた。
了
最初のコメントを投稿しよう!