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 お客さんだなんて珍しいね。お茶を入れてあげよう。何がいい……私と同じものかい。では、ダージリンを入れるからちょっと待っていて。  はい、お待ちどおさま。熱いから、気を付けて。  十間村に行ってきたのか。良い村だったろう。自然豊かで、食べ物は美味しい。米も野菜も肉も、全て村で賄っているそうだ。老後は、ああいった豊かで静かな場所で暮らしたいと思うよ。  なに、獣臭かったって。あはは、そういうこともあるのかな。山の熊や猪が、きっと村に下りてきていたんだろう。  村全体が獣臭かったのかい。どういうことだろうねえ。ああ、そろそろお茶も冷めただろう。お口に合えばいいけど。  まだ飲めないか、相変わらず猫舌だな。何、梱屋敷? 知ってるのか。十間村の言い伝えだね。山の中にある屋敷には、とんでもないお宝が眠っているという。それを探しに行ったのかい。それで、どうだった。  見つからなくてよかったじゃないか。梱屋敷に辿り着いた者がいないのは、きっと屋敷を見つけたら帰ってこられないからだよ。宝が欲しかった? 馬鹿言っちゃいけない。お宝で金持ちになろうなんて、考えてはいけないよ。地道に生きていかないと、いつか足元をすくわれる。  ああ、梱屋敷は狐狸屋敷ではないかと僕は推察している。狐と狸の狐狸だね。帰ってこない人たちは化かされたんじゃないかと。  冗談じゃないさ。そもそも、梱屋敷という名の由来もわかっていないからね。  そうだ、十間村も、本当は鼬村ということを知っているかい。いや、昔の名ではなく、村の真の名というべきかな。地図には載らない、知るものぞ知る名前だよ。さあ、その由来や意味を調べるのも私の仕事の一つさ。ところで、鼬も人を化かすということを知ってるかい。存外、君も村人に化かされていたのかもしれないよ。  おいおい、冗談だって、本気にしないでくれ。私の冗談は冗談に聞こえないか。こいつは失敬。  しかし仮に梱屋敷で狸や狐に化かされるのだとしたら、鼬村、もとい十間村にも何かが隠されているんじゃないかな。  そうだね、この区も変な名前といえばその通りだ。狸奴(りど)区だなんて、初見の人は大抵読めない。狸のことかって? いや、確かに狸の字はあるが、狸奴とは猫のことだよ。察しがいいね、区の本当の名は猫区という。  どうした、そんなに喉をごろごろ鳴らして。窓から風が吹いて気持ちがいいのか、そりゃあよかった。ほら、紅茶もすっかり冷めてしまった。いくら熱いのが苦手でも、もう飲めるだろう。  それより、髭が随分伸びたな。いやに細くて長い毛だ。おまけにぷるぷる震えてるぞ。邪魔だろう、切ってあげるからそこの鋏を取って……。  なんだ、そう怒るなって。許可なく切ったりはしないさ。  そういえば知ってるかい。羽祖(うそ)市の本当の名を。そうだよ、これも名前の通り嘘なんだ。ここにも真の名があってね。  焦らすつもりはないさ、(かわうそ)市だよ。どうして獺かって。さあねえ、獺が隠れ住んでいるのかもしれないね。  どうした、にんまり笑って。口が三日月みたいに歪んでいるぞ。  私も同じ顔をしている? そうだなあ、この姿になるのは久々だ。  どの姿が真実なのかって。  そんなの、どうにだってなるものだよ。相手が人であれ猫であれ、はたまた狐や狸でも、別に支障はないじゃないか。ちょっと見ていない隙に化けの皮を脱いでいるだけのことだよ。それは誰だって同じだろう。  この前、面白い話を聞いたんだよ。この国には、実は隠された名前があってね。それは……。  おや、くしゃみだ。風が冷たくなってきたね。ほら、窓を閉めて。温かいミルクを用意しよう。
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