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「はーい、今開けるね」
女の人の明るい声に続き、ドアロックが外れる音。
玄関は無人だった。廊下突き当りの部屋に、先に入るよう先輩にうながされる。
息を吸い込む。第一印象は大事だ。大きな声で、胸を張って。
「失礼しま」
す、まで言い終わらないうちに私は固まった。
目の前に、巨大な黒い犬がいた。
高い天井に肩をつけ、私を見下ろしている。
頭が、三つある。
「え?」
怖い、というより認識が追いつかない。でも何回見ても、頭は三つだ。
後ろから「加奈子ちゃん、犬好きだもんね?」という先輩のお気楽なセリフが聞こえて、
「いや犬、ってレベルじゃないでしょコレ!」とツッコミを入れてしまった。
その時、グルル……とうなり声が聞こえた。
六つの目が私を見すえていた。
私は立ちすくむ。
副業の話は、先輩のワナだったんだろうか。私、この化け物のエサになっちゃうの?
まだ二十代なのに?
これから輝かしい未来が待っているはずなのに?
あんまりじゃない?
ドクンドクンと、心臓の鼓動がうるさい。
生温かい吐息が口にかかる。獣のにおい。
犬は、大きな口をそれぞれ開ける。
鋭い牙から落ちる涎。
そして三方向から口が近づいて――。
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