アラサーぼっちと保護犬ロン

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「知佐―、ちょっとロンの散歩行ってきてくれる?」  何の意味もない仕事から帰ってきて、夕食の時間までゆっくりしようとした俺に、母さんが声をかけてくる。予想外の言葉に、俺は思わず間の抜けた声を出してしまう。 「いや、なんで? ロンを散歩させるのは、母さんたちの役割じゃん。昼間、散歩行ってないの?」 「うん、行ったよ。でも、散歩って一日何度してもいいものでしょ。ロンもまだ元気そうだし」  俺はロンに目を向ける。ケージの中のロンは、じっと自分のベッドの上に座っていた。  俺たちのもとに来てから三日。その間ロンは、ほとんどケージの中から動いていなかった。ドアを開けて自由に動き回ってもいいと示してみても、ほとんどケージから出ようとしない。  きっとまだ俺たちの家に慣れておらず、戸惑っているのだろう。  犬は警戒すると本能で吠えると聞いたことがあるが、それすらしないほどロンは怯えてしまっていて、まだ俺たちに心を開いているとは言い難かった。 「それにさ、これからも一緒に暮らすとなると、知佐もロンも、お互いにもっと慣れておいた方がいいじゃない? だから、一緒に散歩しにいってほしいんだけど……」  母さんの口調は尋ねているようで、一つの答えに俺を誘導していた。でも、納得できる部分もあったから、俺は母さんの思惑通りに「分かった。行ってくる」と答える。 「じゃあ、お願いね」と渡されたリードをロンの首輪に繋いで、俺たちは玄関を出た。  外は少しずつ暗くなり始めて、かすかに涼しい風が吹いている。一〇月になって、夏の気配はようやくその姿を消しつつあった。
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