アラサーぼっちと保護犬ロン

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「それは大変だったね」そう返事をしながら、俺はドッグランでの光景を想像していた。ロンは河東さん一人を見たときでさえ、吠えていたのだ。大勢の知らない人間や犬がいる状況は、怖くて不安で仕方がなかっただろうと思う。  母さんだって他の飼い主から咎められて、白い目を向けられて、恐ろしかっただろう。やはりドッグランに行ったのが、間違いだったのではないか。  俺はそう言おうとしたけれど、やめた。表情から母さんもそう思って、自分を責めているのが察せられたからだ。 「……ねぇ、知佐。私たちどうすればいいのかな?」 「……どうすればいいって?」 「このままロンと一緒にいていいのかな」  今日の一件で、母さんはすっかり気弱になってしまったらしい。いや、もともと心を開いてくれないロンに、途方に暮れ始めていたのかもしれない。  だけれど、トライアル期間はまだあるのだ。結論を出すのは早すぎるだろう。 「何言ってんの。いいに決まってるでしょ。トライアル期間はまだ終わってないんだから」 「それは分かってる。トライアル期間はちゃんと全うするつもり。でも、その先が私にはまだ分からないの。ロンを正式に迎え入れるかどうか、まだ判断がつかないの」 「何だよ。保護犬を飼い始めたいって言ったのは、母さんじゃんか。それがちょっとうまくいかないくらいで諦めるの?」 「ううん。諦めるわけじゃない。でも、ここまでうまくいかないとは、ちょっと思ってなかったなって。やっぱりペットを飼うのが初めての私たちには、ロンは少し難しいんじゃないかって。他のもっと経験のある里親さんのもとにいた方が、ロンは幸せになれるんじゃないかって、思ってしまうときがどうしてもある」 「そう思っちゃうってことは、やっぱりそれくらいの気持ちだったんじゃないの? 思い通りにいかないからって、商品みたいに返しちゃうの? それこそ俺は、ロンのためにならないと思うけどな」  俺の声には意図せず責めるような色がついてしまっていて、母さんをうなだれさせてしまう。  最低だ、俺は。こんなことを言って、母さんをいたずらに傷つけてしまうなんて。俺だって、ロンはこの家に合わないんじゃないかと思うことは、ないわけじゃないのに。  俯いた母さんは「うん、そうだよね」としか言わない。その姿に、俺の心は痛む。  ロンの方を見ることはできなかった。蓋をしている自分の嫌な部分が噴き出してしまいそうで、恐ろしかった。
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