アラサーぼっちと保護犬ロン

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「私さ、ちょっと行きたいところあるんだけれど、よかったら皆で行かない?」  母さんの言葉が想像通り過ぎて、俺は内心ため息をついてしまう。どうせ近くのスーパー銭湯とか、健康ランドとかだろう。いくらやることがない俺でも、進んで行きたいとはあまり思えない場所だ。  だけれど、「行きたいところってどこだよ?」と訊いている父さんに倣って、俺も話の続きを聞きたいというせめてものポーズを作る。 「有明。有名企業が主催となってね、保護犬や保護猫の譲渡会が行われるの」  その答えが、にわかには想像できなかったから、俺は思わず目を瞬かせてしまう。何だ、その聞いたことのない催しは。「何それ」と意識しなくても声が漏れた。  母さんは表情を緩めたままでいる。 「知らない? 知佐、譲渡会って。飼い主が飼えなくなっちゃったり、色々な事情で動物愛護センターとかに保護されている犬や猫のために、新しい里親との出会いの場を設けようっていう、そういう場なんだけど」 「何? そこに行きたいってことは、母さん犬とか猫とか飼いたいの?」 「うん。飼いたいよ」  事もなげに言った母さんに、俺は反射的に「マジで?」と言ってしまう。母さんがペットを飼いたいなんて、そんなことは今まで一度も耳にしたことがなかった。 「ほら、私もお父さんも三月で定年退職しちゃったでしょ。だから、やりたいことができる時間ができたわけじゃない? で、何したいかなって考えた時に、ペット飼ってみたいなって思って。実は前々から犬や猫の動画を見たりしてたんだけど、仕事が忙しくてなかなか時間が取れなくてね。だから、時間ができた今なら可能だと思ったんだ」 「そうだな。俺も動物は好きな方だし、母さんが言うように、犬や猫を飼ってみるのもいいかもしれないな」  母さんの提案に意外にも父さんも同意を示していて、俺は輪をかけて驚いてしまう。今までペットを飼いたいなんて素振りは、二人とまったく見せていなかったのに。定年退職して気が大きくなっているのだろうか。  俺は素直に受け入れられなかった。
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