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 ぼくと本郷はこのクラスでハブられている。そこに大した理由はない。ぼくはチビでぶさいくでトロくさいから。本郷は家が貧乏でいつもなんか臭いから。それだけの理由だ。  教科書を抱えて廊下に出ると、曲がり角の向こうから本郷が歩いてくるのが見えた。しわくちゃの制服、ぼさぼさの髪、汚れた上履き。俯いて歩いてくるせいで、ぼくには気づかない。ぼくも別に本郷と関わる気はないから、無視して廊下を歩いた。関わると「あいつらいじめられっ子同士でデキてるぜ」とか言われるのが目に見えてるから。  すれ違う時に一瞬目が合う。伸びた前髪の隙間から、黒い瞳が見えた。光のない真夜中の空みたいな黒い瞳。なんだか吸い込まれそうで、ぼくはあわてて目を逸らした。本郷がぼくの横を通り過ぎる時にこっそり息を吸い込んでみたけど、彼女は別に臭くなかった。  むしろ臭い、と言われるならぼくの方じゃないかと思う。  父さんも母さんも寝静まった深夜、ぼくは勉強机の鍵のかかる引き出しをそっと開けた。手のひらサイズの小さな箱を取り出す。ライターと一緒にジャンパーのポケットに入れて、ベランダに出た。風が冷たい。身震いをしてジャンパーのファスナーを閉めた。  ポケットから先程の箱を取り出す。上半分が赤くて、下半分が白い箱。赤い部分を指で押し上げて、白い紙で巻かれた細い棒を一本取り出して口に咥えた。息を吸いながら先端にライターで火をつけると、独特の臭いが口の中に広がる。  煙草は二十歳から、なんて言われなくても知っている。でも別に、見つからないようにすれば怒られることもない。この煙草は父さんから拝借したものだ。箱はゴミ箱から、煙草は数本ずつ鞄の中に入っていたものを抜き取った。吸い殻は飲みかけのコーラのペットボトルに入れて、登校するときにコンビニのゴミ箱に捨てている。今のところ父さんにも、母さんにも見つかっていない。    ぼくが煙草を吸い始めたのは最近のこと。父さんの煙草を吸う頻度が増えたおかげで、拝借するのが簡単になったからだ。  父さんは最近会社をクビになった。そのストレスからか、1日2箱くらい煙草を吸っている。ぼくより遅い時間にふらりと家を出たかと思うと、煙草の臭いをさらにぷんぷんさせて夜遅くに帰ってくる。どこに行っているのかはわからない。  母さんはそんな父さんの代わりに必死に働いているから、ぼくより早く家を出てぼくより遅く帰ってくる。つまり、両親共にほとんどぼくと顔を合わせていない。  そんなんだから、二人ともぼくが父さんの服のポケットから煙草を貰ってることには気づかないし、ぼくがいじめられていることにももちろん気づかない。別に気づかなくていいけど。
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