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 この世のぼく以外の人間は全員ばかだ。  中学3年生にもなってわざわざぼくの上靴を隠したり、体操服に落書きしたり、無視するなんてガキっぽいし、それに気づいていて何も言わないクラスのやつらも、先生も、全員ばかだ。    ゴミ箱に捨てられた「国語3」の教科書を指先で拾い上げる。端っこは泥水のような茶色い液体が染み込んで変色しているし、ページをめくると最初の5ページだけサインペンで塗りつぶしてある。6ページ目には捨て台詞のように「バカ」と書いてあった。悪口も安直すぎる。ペンで塗り潰すのだって、5ページで面倒になるくらいなら、最初からやらなければいいのに。やっぱりばかばっかりだ。  ため息をついて顔を上げる。開いた窓から冷たい風が入り込んで、クリーム色のカーテンを揺らした。隙間から見えた空はもう暗くて、それになんとなくほっとした。11月のこの時期は、部活が終わるのも早いから、みんなが帰るのも早い。おかけで、隠された物を探す時間が長く取れる。ばかな奴らに、ぼくが必死に探しているところなんか見られたくはない。  ふとゴミ箱をもう一度覗き込むと、もう1冊同じように教科書が捨ててあるのが見えた。三年二組本郷麗華、と名前の欄には書かれている。ぼくはそれも指先で拾い上げた。こちらは半分くらい茶色い液体が染み込んで、甘ったるい臭いがする。コーヒー牛乳でもぶっかけたんだろうか。ゴミ箱に戻すのも憚られて、ぼくは本郷の机にそっとその教科書を置いておいた。
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