ユピの記憶Ⅲ

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ユピの記憶Ⅲ

 次の瞬間、ヒラクは肌触りのいい布に包まれて眠っていた。  目を覚ますと、小さな手が見えた。  それは自分の手であるらしい。  眠りの中にいるようなぼんやりとした感覚だが、肌には外気も感じられ、すでに鏡の中ではないことは明らかだ。  そこは揺りかごの中だった。  ヒラクは赤ん坊の体の中に入り込んでいる。  赤ん坊は握りしめた右のこぶしにあるものが気になってしかたないらしい。  ヒラクは先ほどから、小さな自分の手をじっと見ていた。  指の隙間からかすかに光が漏れている。  赤ん坊は手のひらを開いた。  そこには小さな勾玉があった。  赤ん坊が抱く純粋な好奇心がヒラクにも伝わってくる。  わくわくしたような気持ちで赤ん坊は無邪気に笑った。  すると勾玉は強い光を放った。  その瞬間、ヒラクの中にもう一つの感情がわき起こった。  宝石を掠め取ろうとするようなよこしまな気持ちだ。  赤ん坊の勾玉は、サファイアのように美しく、青く透明な光を放っていた。  なぜかヒラクの中にそれを不思議がる気持ちがある。 (誰だ……? これは誰の感情なんだ……?)  ユピの記憶に入りこんだはずのヒラクはユピがうなされる悪夢の中で、なぜか神王の中にいた。  神王は鏡の中の自分自身と対話していたが、次の記憶では鏡の中の存在となり、鏡の向こうの神帝と対話していた。  この時、神王であるヒラクは鏡の中から神帝を眺めていたが、神王と神帝は明らかに別人だった。  そして今、ヒラクは見知らぬ赤ん坊の中にいる。  この赤ん坊は青い勾玉を握っている。 (神王の勾玉は赤だったはず……)  そう思ったのはヒラクのはずだが、赤い勾玉ではないことに衝撃を受けているのは誰か別の存在だ。 (誰だ……? 赤ん坊の中にいるのは……)  なぜか悪寒のようなものが走り、赤ん坊もむずがっている。  ヒラクも気分が悪くなった。  その時、揺りかごに近づいてくる足音が聞こえた。 「これは……」  誰かが赤ん坊の手のひらから放たれる光のもとを確かめようとしている。  その手がのびてきたとき、ヒラクの中ではっきりと拒否反応が起きた。  勾玉を奪わせまいとする気持ち、強い執着、怒りと独占欲……それらの想いが渦巻き、ヒラクの中に充満する。  次の瞬間、膨らましすぎた風船が破裂するように、すべての感情は吐き出され、赤ん坊は激しく泣いた。  手にはもう勾玉はない。  光もすべて消え失せた。  また別の感情がヒラクを包む。  絶望と、虚しさと、やりきれなさと悲しみと……。  やがてそれも消え失せ、ただ泣くという状態だけが残った。  他にも人が集ってくる気配がある。  自分を抱く男の手から、柔らかい女の胸元に運ばれたとき、赤ん坊はやっと安堵した。 『まあまあ、どうしたのかしら』  それはユピの母親の声だった。 『目を覚まされたとき辺りに人がいなかったので心細くなられたのでしょう』  その声はトーマのものだ。 (どうしてここにトーマが……)  そんなことをぼんやりと思ううち、ヒラクは赤ん坊の眠りの中に、やがて引きずり込まれていった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 【登場人物】 ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。今はユピの記憶に入りこみ、ユピの中にある存在の正体が何者なのかに迫る。 ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。南多島海で破壊神の剣を手に入れるとヒラクの前から姿を消す。再び神帝国に現れたユピは父である神帝を殺し鏡を奪う。鏡と剣を手に入れたユピは記憶の底にある「神の扉を開く鍵」を得るためヒラクを記憶の中へと誘導する。 トーマ……神帝国の城に勤めながら潜伏していた希求兵。勾玉主への忠誠心を利用され、ユピの言葉の支配によりヒラクをユピのもとに連れてくる。そのことへの自責の念からユピの言葉の誘導で自ら命を絶つ。 ※希求兵……ルミネスキ女王に精鋭部隊として育てられた元ネコナータの民の孤児たち。幼少の頃から訓練を受け、勾玉主をみつけ神帝を討つ使命のもと神帝国に送り込まれ、15年以上潜伏していた。 ★黄金王…最初の勾玉主。黄金の勾玉を持っていた。太陽神とも呼ぼれ、月の女神信仰のルミネスキを支配し、月の女神を妃にしたといわれている。勾玉の導きにより始原の鏡を手に入れるが、その鏡を神の証とし「王の鏡」としたことで勾玉の光を失う。  神王…黄金王の死後現れた二人目の勾玉主。赤い勾玉を持っていた。自らを神の中の神、王の中の王とし、太陽神信仰者や月の女神信仰者は異端として迫害し、メーザ全域を神の統治国家とした。「王の鏡」を奪ったとされている。  神帝…神王の再来といわれ、神王亡き後、国を失ったネコナータの民たちの希望の存在として信仰対象となり、北の大陸ノルドに神帝国を築いた。
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