8人が本棚に入れています
本棚に追加
「名字が首堂だからもしかしたらとは思ったよ」
まさかお前と彼女が姉妹だなんて……世の中間違ってるよな。
彼はしょっちゅうあたしに向かって言っていた。確かに、誰もがそう言う。
「あたしもあんな女が自分の姉だったなんて信じられない」
ベッドサイドの文机に、白いカップを並べて薄いコーヒーを注ぐ。
小さな部屋をコーヒーのほろ苦い香りが占領する。窒息してしまいそうだ。
「餞別の言葉が“ダイキライ”よ。こんな姉妹、いるかしら?」
「でも、セリカが言うと、“ダイスキ”に聞こえるのは俺だけかな?」
コーヒーの匂いに混じって、諫早の汗の匂いが鼻孔をくすぐる。
「まさか。今もあたしは大嫌いよ。あんな女……」
「セリカがそう言うなら、信じるけど」
ブラウスに袖を通して、あたしは立ち上がる。
「無断外泊で叱られるんじゃねぇか?」
「カエデに頼んでおいたから平気よ」
浦野楓。あたしの通っている高校の寮のルームメイトだ。
「慣れてるよな」
「まぁね」
皺の寄ったスカートの襞を正してから、鞄を持つ。
「行ってきます」
あたしは彼の額に接吻をして、扉を開く。
太陽の光りと、爽やかな春の風が、コーヒーの匂いをぬぐい去る。
今日が、はじまる。
最初のコメントを投稿しよう!